「代表がいないと回らない」は価格を何割下げるのか?鑑定会社の属人性を測り、減らし、並走で吸収する方法
鑑定会社の企業価値を最も下げる要因は「代表への依存」です。代表が直接受注する売上の割合、代表以外が署名する評価書の割合など属人性の測り方と、ナンバー2の育成・窓口の複線化・評価書の標準化といった低減策、残る属人性を並走期間で吸収する考え方を解説します。
「顧客は全部私の顔で付いている。私が抜けたら売上は消える。だから売れないだろう」。売却相談で最も多く伺う言葉です。しかし、この言葉は半分正しく、半分誤解です。属人性が高いことは事実として価格を下げますが、「売れない」わけではありません。測って、減らして、残った分を並走期間で吸収すれば、買い手が値付けできる会社になります。
鑑定業は、鑑定士個人の署名で成り立つ仕事です。属人性がゼロになることはありません。問題は「どこまで減らせるか」と「減らせない部分をどう買い手に引き渡すか」です。ここでは、鑑定会社の属人性と企業価値の関係を、不動産鑑定士の視点で整理します。
なぜ属人性が企業価値を下げるのか
買い手が支払う対価は、「将来も続く利益」への対価です。年買法(純資産に営業利益の1〜3年分を加えて価格の目安を出す方法)で言えば、営業利益に掛ける「年数」が属人性で変わります。代表が抜けても利益が続くと見込めれば年数は伸び、代表と一緒に利益が消えると見込まれれば年数は縮みます。
買い手が恐れているのは「売上の消失」ではなく「予測不能」
買い手も、代表が引退すれば一部の顧客が離れることは織り込んでいます。買い手が本当に恐れるのは、どの売上が残り、どの売上が消えるか分からない状態です。予測できないものには、買い手は安全側の値付けしかできません。つまり属人性の高さそのものより、「属人性が可視化されていないこと」が価格を下げているのです。
鑑定業に固有の属人性
鑑定会社の属人性は、一般の事業会社より構造的に高くなります。理由は3つあります。
- 鑑定評価書に署名するのは鑑定士個人であり、依頼者は「その鑑定士」を信頼して依頼する
- 地価公示評価員や競売評価人など、公的評価の多くが鑑定士個人への委嘱・選任である
- 鑑定士1〜3名の小規模事務所が多く、代表が営業・評価・品質管理を一人で担っている
だからこそ、鑑定会社のM&Aでは属人性の扱いが価格と成否の中心になります。
属人性を「測る」3つの指標
感覚で「うちは属人的だ」と言っても、買い手は評価できません。数字にすると、売り手自身も打ち手が見えます。
指標1: 代表が直接受注する売上の割合
直近3年の売上を案件ごとに並べ、「依頼の連絡が代表個人に来たか、会社の窓口に来たか」で分けます。代表個人への依頼が8割を超える事務所は珍しくありません。この割合が高いほど、代表の引退で消える売上の候補が多いことになります。
指標2: 代表以外が署名する鑑定評価書の割合
鑑定士が複数いる場合、鑑定評価書の署名者の分布を見ます。代表の署名が9割なら、他の鑑定士は「補助者」として扱われている可能性が高く、買い手は「代表が抜けた後に評価書を出せる体制か」を疑います。逆に他の鑑定士の署名が5割を超えていれば、組織として評価を出せている証拠になります。
指標3: 顧客との接点の複線化率
主要顧客(金融機関・税理士・自治体等)ごとに、「代表以外に連絡が取れる担当者がいるか」「相手側の窓口は組織か個人か」を書き出します。両方が「個人」なら、その顧客は担当者交代で途切れるリスクが高い顧客です。
想定されるケース
都内・鑑定士3名の法人(代表60代、金融機関の担保評価と相続案件中心、売上約6,000万円・営業利益約800万円)。売上の7割が代表個人宛の依頼、評価書の署名も代表が8割という状態から、3年かけて他の鑑定士2名の署名比率を5割まで引き上げ、金融機関の窓口を会社の担当者に切り替えた上で、拠点拡大を狙う中堅鑑定会社への株式譲渡を進めるケースが考えられます。属人性を数字で示せたことで、買い手は「代表が引退しても評価ラインは残る」と判断しやすくなります。
属人性を「減らす」4つの打ち手
測った上で、売却までの期間に応じて打てる手を打ちます。理想は3年、最低でも1年は欲しいところです。準備期間の全体像は 売却準備は3年前から をご覧ください。
打ち手1: ナンバー2を育て、署名を渡す
最も効果が大きいのがナンバー2の育成です。具体的には、代表が担当してきた案件の一部を、意識的にナンバー2の署名で出します。依頼者には「今後は○○が主担当となり、私は監修に回ります」と伝え、依頼者からの連絡先もナンバー2に切り替えます。買い手にとって、代表の後に評価を出せる鑑定士がいることは、価格を左右する最大の安心材料です。買い手がナンバー2の残留を条件にすることも多いため、ナンバー2自身の処遇(報酬、役職、将来の役員登用)も並行して整えます。
打ち手2: 顧客窓口を複線化する
主要顧客ごとに、代表以外の担当者を「サブ窓口」として紹介します。金融機関であれば、支店担当者との打ち合わせにナンバー2を同席させる、依頼書の宛先を会社にしてもらう、といった小さな変更の積み重ねです。相手側の窓口も、担当者個人ではなく部署として付き合える関係にしておくと、相手の人事異動にも強くなります。
打ち手3・4: 鑑定評価書の標準化とシステム化で「代表の記憶」を会社の資産にする
3つ目は標準化です。代表の頭の中にある「この地域の取引事例の見方」「この金融機関が求める記載」を、テンプレートとチェックリストに落とします。評価書の雛形、事例収集の手順、依頼目的別の記載要領、金融機関ごとの様式。これらが文書化されていれば、買い手は「代表がいなくても同じ品質で出せる」と判断できます。標準化は品質管理の観点でも有効で、買収監査(デューデリジェンス=買い手が財務・法務・業務の実態を調査する手続)で高く評価される項目です。
4つ目はシステム化です。顧客管理、案件管理、事例データベースを、代表のノートやメールから会社の共有システムに移します。特に事例データと過去の評価書の検索性は、鑑定会社の実質的な資産です。高価なシステムは不要で、共有フォルダの整理と一覧表の整備だけでも、買い手の見え方は大きく変わります。
それでも残る属人性は「並走期間」で吸収する
4つの打ち手を尽くしても、属人性はゼロになりません。代表の名前で付いている顧客、代表個人に委嘱されている公的評価、長年の信頼関係は、文書化できないからです。**残った属人性は、減らすのではなく「引き渡す」**と考えます。その手段が並走期間です。
並走期間の設計が価格を補う
代表が譲渡後も一定期間、非常勤や顧問として残り、顧客への紹介、案件の監修、公的評価の任期満了までの対応を行う。この並走期間を契約に織り込むと、買い手は「引き継ぎ中に顧客が離れるリスク」を小さく見積もれるため、価格を上げやすくなります。並走期間は1〜3年が一般的な目安ですが、案件によります。並走の報酬(顧問料)と譲渡対価のバランス、並走中の役割分担、並走終了の条件を明確にすることが重要です。詳しくは 引き継ぎと並走期間の設計 で解説しています。
「代表が抜けたら売上が減る」を前提に価格を組む
属人性の高い事務所では、譲渡対価の一部を「引き継ぎ後の売上維持」を条件に後払いするアーンアウト(一定の成果達成を条件に後払いする方式)が使われることがあります。売り手にとっては全額を先に受け取れない不利がありますが、買い手が安全側に値付けするより総額が大きくなる可能性もあります。どちらが得かは案件によるため、幅を持って交渉するのが現実的です。
契約条件の確認
並走期間の報酬・役割・競業避止、アーンアウトの成果条件などは契約書に明記する事項です。具体的な契約条項については弁護士に、報酬の税務上の扱いについては税理士にご確認ください。
まとめ
属人性は鑑定会社の宿命ですが、「売れない理由」ではなく「価格を左右する変数」です。要点は次の3つです。
- 代表の直接受注率、代表以外の署名率、窓口の複線化率で属人性を数字にする
- ナンバー2の育成、窓口の複線化、評価書の標準化、システム化で減らせる部分を減らす
- 残った属人性は並走期間とアーンアウトで買い手に引き渡し、価格に反映させる
属人性の測定と低減策の設計は、鑑定業の実務を知る者でなければ的確に行えません。当社は不動産鑑定士が直接、あなたの事務所の属人性を診断し、売却までの準備計画をご一緒に作ります。オーナー鑑定士様、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちら。価格の目安は 企業価値・売却相場、価値を高める具体策は 鑑定会社の価値を高めるポイント をご覧ください。
- #属人性
- #企業価値
- #ナンバー2育成
- #並走期間

執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する
相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。
関連記事

同じ利益でも価格が2倍違うのはなぜか?鑑定会社の譲渡価格を高める5つのポイントと今日からできる行動
同じ営業利益の鑑定会社でも譲渡価格は大きく異なります。①依頼目的の分散と継続受注、②属人性の低減、③公的評価の承継性整理、④有資格者・職員の定着、⑤評価書品質と賠償リスクの管理の5つのポイントを、今日から着手できる具体的な行動例とともに不動産鑑定士が解説します。
読了 約6分

売却後も働けるのか?鑑定事務所の並走期間(1〜3年)の設計と報酬の決め方
鑑定事務所を売却した後も、1〜3年は顧問や非常勤として働き続けるのが一般的です。公的評価の年次サイクルに合わせた引き継ぎ設計、譲渡対価と並走報酬の切り分け、アーンアウトの使いどころ、旧代表が居続けるメリット・デメリットを不動産鑑定士が整理します。
読了 約5分

鑑定会社の売却は「引退3年前」から始めるべきか?今すぐ着手できる準備リストとチェックシート
鑑定会社の売却準備を引退3年前から始めるべき理由と、今すぐ着手できる5つの準備(依頼目的別売上の整理、属人性の低減、契約書・鑑定評価書の整備、職員体制と公的評価の棚卸し、決算の見せ方)を、チェックリスト形式で整理します。準備が早いほど、買い手の評価と引継ぎの確実性は高まります。
読了 約6分