買収資金は譲渡対価の1.5倍?鑑定会社を買うのに必要な自己資金と、公庫・信用保証の使い方
鑑定会社の買収に必要な資金は譲渡対価だけではありません。仲介手数料・デューデリジェンス費用・運転資金を積み上げると譲渡対価の約1.5倍に達します。自己資金の目安、日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金、信用保証協会の事業承継特別保証の使い方を鑑定士が整理します。
「譲渡対価3,000万円と聞いた。手元資金が1,000万円あるから、残りを借りれば買えるはずだ」。鑑定会社の譲受を検討する方から、こうした前提でご相談をいただくことがあります。しかし実際に資金繰り表を引いてみると、譲渡対価のほかに仲介手数料、デューデリジェンス(買収監査。財務・法務・業務の実態を調査する手続)の費用、そして買収直後の運転資金が積み上がります。譲渡対価しか見ていないと、成約の直前になって資金が足りないことに気づき、条件交渉をやり直す羽目になります。
鑑定業は在庫を持たず、設備投資も小さい業種です。そのぶん買収に必要な資金は製造業より抑えられますが、逆に「担保に入れられる資産がほとんどない」という弱点があります。土地も機械もない会社を買うための借入を、金融機関はどう見るのか。ここを理解しないまま融資の相談に行くと、話が前に進みません。
この記事では、鑑定会社を譲り受けるときに必要な資金の全体像を費目ごとに積み上げ、自己資金の目安、そして日本政策金融公庫や信用保証協会の制度をどう組み合わせるかを、私たち鑑定士が整理します。制度の要件は一般的な枠組みの紹介にとどまりますので、実際の借入条件は金融機関に、税務の取扱いは税理士にご確認ください。
必要資金は「譲渡対価+3つ」で積み上げる
費目は4つに分解できる
買収に必要な資金は、次の4つに分けて考えると漏れがありません。
| 費目 | 内容 | 支払時期 |
|---|---|---|
| 譲渡対価 | 株式または事業の取得代金 | クロージング時 |
| 仲介・専門家費用 | 仲介手数料、デューデリジェンス費用 | 成約前後 |
| 手続費用 | 登記、契約書作成、業者登録関係 | 成約前後 |
| 運転資金 | 人件費・家賃など数か月分 | 買収後に継続 |
このうち見落とされやすいのが運転資金です。鑑定業は受託から納品、そして入金までに数か月かかることが珍しくありません。買収した翌月から人件費と家賃は発生しますが、自分の会社の口座に売上が入ってくるのはその先です。手元資金をすべて譲渡対価に充ててしまうと、買収直後にいちばん資金が苦しくなります。
想定されるケースで金額を積み上げる
想定されるケースとして、鑑定士2名・年商5,000万円・正常収益力ベースの営業利益800万円の法人を、株式譲渡で譲渡対価3,000万円で取得する場面を考えます。譲渡対価の水準は年買法(時価純資産に営業利益の数年分を加算する簡便な算定方法)の考え方によるもので、詳しくは売却相場の記事で整理しています。
- 譲渡対価:3,000万円
- 仲介手数料:210万円(譲渡価額2,000万円超〜1億円以下は7%。当社の手数料体系による、税別)
- デューデリジェンス費用(財務・法務):100万円程度
- 登記・契約書・業者登録関係:20万円程度
- 運転資金(人件費・家賃など3か月分):1,050万円程度
合計すると約4,380万円です。譲渡対価のおよそ1.5倍の資金計画が必要になる、と考えてください。ここに買収後のシステム統合費用や事務所移転費用が乗る場合もあります。
運転資金は「入金サイクル×人件費」で測る
運転資金の必要額は、月次の固定費に入金までの月数を掛けて概算します。上記のケースは年商5,000万円に対して固定費が年約4,200万円、月あたり約350万円ですから、入金までの平均を3か月とすれば約1,050万円です。買収直後は既存顧客への挨拶回りと引き継ぎに時間を取られ、新規受託が一時的に止まりがちです。固定費の3か月分は最低限、可能なら6か月分を確保しておくことをお勧めします。
自己資金はどれくらい必要か
目安は必要資金の2〜3割
金融機関が事業承継関連の融資を検討する際、自己資金の比率は重要な判断材料になります。制度上の一律の基準があるわけではありませんが、実務上は必要資金の2〜3割を自己資金で用意できると話が進みやすくなります。先ほどのケースであれば、必要資金4,380万円に対して自己資金880万円〜1,320万円、借入3,060万円〜3,500万円という組み立てです。
自己資金が重視される理由は、鑑定会社が担保に乏しいからです。事務所は賃借、主要な資産は人と顧客関係という会社では、金融機関は事業の継続性と買い手の返済能力を見るしかありません。買い手自身がどれだけリスクを取っているかが、そのまま審査の材料になります。
自己資金が薄いときの3つの調整弁
手元資金が足りない場合、次の3つが現実的な調整弁になります。
第一に、対価の分割払いです。クロージング時に一部を支払い、残りを1〜2年に分けて支払う設計です。売り手にとっては回収リスクが残るため、並走期間中の報酬と組み合わせて合意することが多くなります。
第二に、アーンアウト(譲渡後の業績に応じて対価の一部を後払いする仕組み)です。買収後の売上や利益が一定水準を超えた場合に追加対価を支払う形にすれば、初期の資金負担を抑えつつ、売り手の引き継ぎ意欲も維持できます。
第三に、取得範囲を絞ることです。株式譲渡ではなく事業譲渡にして、必要な顧客基盤と人員だけを引き継げば、対価も必要資金も小さくなります。ただし事業譲渡では鑑定業者登録を承継できず、買い手側で新たに登録を備える必要があります。株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶかは、必要資金の大きさにも直結する論点です。
公的融資と信用保証をどう使うか
日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金
日本政策金融公庫の国民生活事業には、事業承継やM&Aに取り組む事業者向けの融資制度があります。「事業承継・集約・活性化支援資金」がそれで、安定的な経営権の確保等により事業の承継・集約を行う方などが対象です。融資限度額は別枠7,200万円、返済期間は設備資金が20年以内(うち据置期間5年以内)、運転資金が10年以内(うち据置期間5年以内)とされています(日本政策金融公庫「事業承継・集約・活性化支援資金」)。
据置期間を設定できる点は、鑑定会社の買収と相性が良い仕組みです。買収直後は引き継ぎに手が取られて売上が伸びにくいため、元金の返済開始を遅らせられると資金繰りが安定します。
信用保証協会の事業承継特別保証
民間金融機関から借りる場合には、信用保証協会の「事業承継特別保証」という選択肢があります。一定の要件を満たす場合に経営者保証を不要とする制度で、保証限度額は2億8,000万円、分割返済の保証期間は10年以内(据置12か月以内)です。要件は、資産超過であること、EBITDA有利子負債倍率が10倍以内であること、法人と個人の分離がなされていること、返済緩和している借入金がないことの4つを全て満たすこととされています。中小企業活性化協議会や事業承継・引継ぎ支援センターの確認を受けた場合は、保証料率が引き下げられます(各信用保証協会「事業承継特別保証」)。
対象会社が資産超過で、代表個人と法人の資金が混ざっていないことが条件になります。ここは売り手側の決算書の整え方の問題でもあり、売却前の正常化が買い手の資金調達にも効いてきます。
制度の選び方
公庫と信用保証付き融資は排他的ではなく、併用も検討できます。実務上は、まず公庫に相談して枠と条件を確認し、不足分をメインバンクの保証付き融資で埋める、という順序が取りやすいでしょう。いずれの場合も、譲渡対価の根拠、買収後の事業計画、返済原資の説明を求められます。譲渡対価の算定根拠を第三者の視点で説明できる資料があると、審査の場で通りやすくなります。
返済原資と税制から逆算する
返済できるかは「営業利益+減価償却」で見る
借入額の上限は、買収後の返済原資から逆算します。返済原資はおおむね「税引後利益+減価償却費」です。先ほどのケースで営業利益800万円、法人税等の実効負担をおよそ3割とすると税引後で約560万円、減価償却費を50万円とすれば年間の返済原資は約610万円です。借入3,500万円を10年で返済する場合、元金の年間返済額は350万円ですから、計算上は利息を含めても返済原資の範囲に収まります。
ただし、この計算は「買収後も営業利益が800万円のまま維持される」という前提に立っています。代表が引退して顧客が2割離脱すれば、売上1,000万円の減少がそのまま営業利益を消し去ります。属人性の高い事務所ほど、この前提は崩れやすいと断言します。だからこそ、デューデリジェンスで売上の中身と代表への依存度を確認する必要があります。確認すべき項目はデューデリジェンスの記事で10項目に整理しています。
税制の活用は「計画の認定」が先
M&Aによる株式取得に関しては、中小企業事業再編投資損失準備金という制度があります。事業承継等事前調査に関する事項が記載された経営力向上計画の認定を受けた中小企業者等が株式取得によりM&Aを行う場合(取得価額10億円以下に限る)、取得価額の70%相当額を準備金として積み立てたときに、その事業年度の損金に算入できるという枠組みです。適用期限は令和9年3月31日までの認定とされています(中小企業庁「中小企業事業再編投資損失準備金」)。
注意すべきは、計画の認定が株式取得より前に必要だという点です。成約してから制度を知っても間に合いません。資金計画を立てる段階で、制度を使うかどうかを税理士と相談しておいてください。具体的な適用可否、要件、税額への影響は必ず税理士にご確認ください。
専任鑑定士要件は資金計画にも効く
不動産鑑定業者は、その事務所ごとに専任の不動産鑑定士を置かなければなりません(不動産の鑑定評価に関する法律第35条)。買い手が鑑定士でない場合、対象会社の鑑定士が残らなければ、新たに鑑定士を採用する人件費が資金計画に乗ります。鑑定士1名を中途採用する場合の年間人件費は、資金繰りに与える影響が小さくありません。非鑑定士による買収の論点は専任鑑定士要件の記事をご覧ください。
まとめ
鑑定会社の買収に必要な資金は、譲渡対価だけでは足りません。仲介手数料、デューデリジェンス費用、手続費用、そして買収直後の運転資金を積み上げると、譲渡対価の1.3〜1.5倍程度の資金計画が必要になります。担保に乏しい業種だからこそ、自己資金の厚みと返済原資の説明が審査を左右します。
要点を振り返ります。
- 必要資金は「譲渡対価+仲介・専門家費用+手続費用+運転資金」の4費目で積み上げる
- 運転資金は月次固定費に入金までの月数を掛けて算出し、3か月分以上を確保する
- 自己資金は必要資金の2〜3割が一つの目安。不足する場合は分割払い・アーンアウト・取得範囲の絞り込みで調整する
- 日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金は別枠7,200万円、据置期間を設定できる
- 信用保証協会の事業承継特別保証は保証限度額2億8,000万円で、4要件を満たせば経営者保証を不要にできる
- 返済原資は「税引後利益+減価償却費」で見る。顧客離脱の前提を織り込んで余裕を持たせる
これから鑑定会社の譲受を検討される買い手の方、後継者として事務所を引き継ぐ勤務鑑定士の方は、資金の全体像を早い段階で描いてください。金融機関との面談は、譲渡対価の根拠と買収後の計画が言葉にできて初めて前に進みます。
私たちは鑑定士として、対象会社の売上の中身や公的評価の実態を買い手の立場で読み解き、資金計画の前提となる収益力の見方をお伝えしています。買収をお考えの方は買収ニーズをご登録いただけます。鑑定会社の売却・承継・買収をご検討の方は、秘密厳守の無料相談をご利用ください。ぜひ一度ご相談ください。
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- #自己資金
鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する
相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。
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