鑑定会社はいくらで売れるのか?年買法で読み解く売却相場と「営業利益の何年分」の考え方
不動産鑑定会社の売却相場は、純資産に営業利益の1〜3年分を加える年買法が実務上の目安です。なぜ鑑定会社は純資産が小さいのか、オーナーの役員報酬を正常化して実質利益を見る方法、営業利益800万円の数値例、相場をレンジで語る理由を不動産鑑定士が解説します。
「うちの事務所を売るとしたら、いくらになるのか」。売却を考え始めたオーナー鑑定士のあなたが最初に知りたいのは、この一点ではないでしょうか。そして同時に「純資産はほとんどないし、値段なんて付かないのでは」という不安もあるはずです。
私たちは、価格を「一つの数字」ではなく「レンジ」でお伝えします。鑑定評価で価格を求めるあなたなら、価格には前提条件があり、前提が変われば結論も変わることをよくご存じのはずです。不動産鑑定士として、鑑定会社の売却相場を年買法という物差しで整理し、数値例とともに考え方を示します。
相場の物差しは「年買法」
計算式:純資産+営業利益×1〜3年
士業事務所を含む小規模なM&Aでは、年買法(純資産に営業利益の数年分を加えて価格の目安を出す方法)が実務上よく使われます。式にすると次のとおりです。
譲渡価格の目安 = 時価純資産 + 正常化した営業利益 × 1〜3年
上場企業のM&Aで使われるDCF法(将来のキャッシュフローを割り引いて現在価値を求める方法)は、鑑定士のあなたには収益還元法の応用として馴染み深いはずです。しかし小規模な鑑定会社では将来収益の予測が代表個人に依存しすぎるため、簡便で交渉の土台にしやすい年買法が選ばれる傾向にあります。
「何年分」を決めるのは承継性
営業利益に掛ける年数は、利益が代表交代後も続く見込みが高いほど大きくなります。目安として、次のような要素で判断します。
| 年数を押し上げる要素 | 年数を押し下げる要素 |
|---|---|
| 金融機関・税理士・自治体など継続受注先が複数ある | 売上の大半が代表個人の人脈に依存 |
| 在籍鑑定士が残留し、公的評価の承継見込みがある | 鑑定士は代表1名のみ、公的評価は代表個人に委嘱 |
| 依頼目的が担保・相続・訴訟・公的評価に分散 | 特定の依頼者・目的に売上の半分以上が集中 |
| 評価書の品質管理体制があり、賠償リスクが低い | 過去の評価に係る紛争や指摘がある |
年数を高める具体策は譲渡価格を高める5つのポイントで、属人性の問題は代表依存をどう減らすかで解説しています。
なぜ鑑定会社は純資産が小さいのか
設備がなく、利益は役員報酬で払い出される
鑑定会社の貸借対照表を見ると、固定資産はパソコンと事務所の敷金くらいで、目立った資産がありません。これは業態上当然で、鑑定会社の価値は設備ではなく、顧客との関係と鑑定士の知見という「帳簿に載らないもの」にあります。
加えて、オーナー経営の鑑定会社では、利益を法人に残さず役員報酬として払い出す運営が一般的です。結果として、売上6,000万円の法人でも純資産が数百万円というケースは珍しくありません。「純資産が小さいから値段が付かない」のではなく、「純資産に現れない価値を営業利益の何年分という形で評価する」のが年買法の考え方です。
時価純資産への修正
役員報酬を「正常化」して実質利益を見る
損益計算書の営業利益はそのまま使えない
年買法で最も重要な作業が、役員報酬の正常化です。オーナー鑑定士の報酬には「経営者としての対価」と「利益の払い出し」が混ざっています。買い手が見たいのは、代表交代後に雇う鑑定士・経営者に適正な報酬を払った後に残る実質的な利益です。
想定されるケースで説明します。
- 損益計算書の営業利益:300万円
- オーナー鑑定士の役員報酬:2,000万円
- 買い手が後任に支払う適正報酬(地域・規模に応じた鑑定士の報酬水準):1,200万円
この場合、報酬の差額800万円を営業利益に足し戻し、正常化後の営業利益は1,100万円と見ます。逆に、オーナーが報酬を年300万円に抑えて利益を厚く見せている場合は、適正報酬との差額を差し引きます。正常化は上下どちらにも働くため、売り手側で事前に整理しておくと交渉が早く進みます。
正常化の対象は役員報酬だけではありません。オーナーの家族への給与、法人契約の車両や保険、オーナーの個人的な交際費なども、買い手が引き継がない費用として調整します。
数値例で見る相場と、レンジで語る理由
営業利益800万円の鑑定会社なら
想定されるケースとして、都内で鑑定士3名、売上約6,000万円、正常化後の営業利益約800万円、時価純資産500万円の法人を考えます。年買法を当てはめると次のようになります。
| 年数 | 営業利益×年数 | +純資産 | 譲渡価格の目安 |
|---|---|---|---|
| 1年 | 800万円 | 500万円 | 1,300万円 |
| 2年 | 1,600万円 | 500万円 | 2,100万円 |
| 3年 | 2,400万円 | 500万円 | 2,900万円 |
つまり、この法人の目安は1,300万〜2,900万円のレンジです。金融機関の担保評価と相続案件が中心で、在籍鑑定士が残留するなら2年前後、代表の人脈依存が強ければ1年に近づく、というのが私たちの見方です。あくまで例示であり、実際の価格は買い手の評価と交渉で決まります。
なぜレンジで語るのか
一つの数字を出すほうが分かりやすいことは承知しています。それでも私たちがレンジで語る理由は三つあります。
- 年数の判断に幅がある:承継性の評価は買い手ごとに異なり、同じ会社でも1年と見る買い手と3年と見る買い手がいます
- 買い手側の事情で価格が動く:拠点拡大を急ぐ鑑定会社と、鑑定機能を持ちたい不動産会社では、同じ会社に見出す価値が違います
- 条件で価格が変わる:旧代表の並走期間、職員の雇用維持、対価の分割払いといった条件は、価格とトレードオフの関係にあります
「必ずこの金額で売れる」という説明をする仲介者がいれば、その根拠を確認してください。中小M&Aガイドライン(第3版、令和6年8月、中小企業庁)も、仲介者に対して手数料の算定基準や相手方からの手数料受領の有無を契約前に書面で説明することを求めており、価格の根拠についても同じ透明性が必要だと私たちは考えています。
簡易シミュレーターで目安を確認できます
まとめ
鑑定会社の売却相場は、時価純資産に正常化した営業利益の1〜3年分を加える年買法が実務上の目安です。鑑定会社は設備が少なく利益を役員報酬で払い出すため純資産は小さくなりがちですが、価値は純資産ではなく「代表交代後も続く利益」にあります。役員報酬を正常化して実質利益を見極め、承継性に応じた年数をレンジで捉えることが、納得できる売却の出発点です。譲渡対価にかかる税金(株式譲渡と事業譲渡で課税関係が異なります)は税理士にご確認ください。
自社の目安を知りたいオーナー鑑定士のあなたへ。当社は鑑定会社・鑑定事務所専門のM&A仲介として、売却の進め方や企業価値の考え方、手数料を事前に明示したうえでご相談に応じます。鑑定会社M&Aの全体像は鑑定会社M&Aガイドをご覧ください。ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちらからどうぞ。
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執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
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