鑑定事務所の廃業手続は何から始めるか?届出30日以内・清算・帳簿保存・原状回復まで、順序と費用を鑑定士が整理する
不動産鑑定事務所を廃業する際の手続と費用を順序立てて整理します。廃業等の届出(第29条・30日以内)、法人の解散・清算登記、鑑定評価書等の保存、賠償責任保険の扱い、事務所の原状回復、職員の退職、顧客・行政庁への連絡順序まで。廃業を決める前に売却の可能性を確かめる視点も示します。
「廃業は届出を一枚出せば終わるのだろう」。そう考えて動き始めたオーナー鑑定士が、実際には1年近く手続に追われ、想定外の出費に驚くことは少なくありません。廃業は「事業をやめる」だけでなく、「法令上の義務を果たしながら、顧客・職員・行政庁との関係を順序よく閉じていく」作業です。
この記事では、私たち鑑定士の立場から、鑑定事務所を廃業する際の手続を時系列で整理し、費用の目安と見落としやすい論点をまとめます。最後に、廃業を確定させる前に確かめておくべき「もうひとつの選択肢」にも触れます。なお、手続の細部は登録行政庁・司法書士・税理士にご確認ください。
廃業は「連絡の順序」で成否が決まる
職員→継続中の顧客→行政庁→取引先の順に告げる
廃業の手続そのものより難しいのが、誰にいつ告げるかです。順序を誤ると、職員が顧客から先に廃業を聞かされたり、継続中の案件が宙に浮いたりします。一般論として次の順序が無理のない流れです。
- 職員:退職時期と退職金を具体的に示せる段階で、まず職員に伝えます。噂で伝わる前に本人から話すことが、最後まで業務を支えてもらう前提になります
- 継続中の依頼者:受任中の案件は、完了させるか、他の鑑定業者へ引き継ぐかを依頼者ごとに決め、書面で了解を得ます
- 継続取引先(金融機関・自治体・士業):年度単位で依頼が来る先には、次年度分の依頼が動く前に伝えます。固定資産税評価や地価公示のように年度サイクルで動く公的評価は、担当部署や分科会への連絡時期を誤ると迷惑が大きくなります
- 登録行政庁:廃業の事実が生じた後、30日以内に廃業等の届出を行います(後述)
- リース会社・家主・システム業者:解約予告期間(多くは3〜6か月前)を賃貸借契約やリース契約で確認し、逆算して通知します
継続中の案件を「宙に浮かせない」
鑑定評価は受任から納品まで1〜2か月かかり、訴訟案件や大規模な固定資産税評価では年度をまたぎます。廃業日を決める際は、まず受任中の案件一覧を作り、最終納品日から逆算して廃業日を置くのが基本です。引き継ぐ場合は、依頼者の同意を得たうえで受任先の鑑定業者と三者で確認し、資料の受け渡しと報酬の精算方法を書面に残します。
法令上の手続:廃業等の届出と解散・清算
廃業等の届出は30日以内
届出先は登録の種類で異なります。1都道府県のみに事務所を置く知事登録業者は当該都道府県、2以上の都道府県に事務所を置く大臣登録業者は国土交通省です。届出様式、添付書類(登録済証の返納など)は行政庁ごとに運用が異なるため、事前に担当課へ確認しておくと確実です。
なお、法人の廃業では「鑑定業の廃止」と「法人の消滅」が別の手続として並走します。鑑定業だけをやめて法人を残す場合と、法人ごと清算する場合で、届出の種類と時期が変わります。登録制度の考え方は「鑑定業者登録はM&Aでどうなるか」でも整理しています。
法人なら解散・清算の登記と清算の税務申告
株式会社や合同会社の鑑定会社を閉じる場合、廃業等の届出とは別に、会社法上の解散・清算が必要です。一般的な流れは次のとおりです。
- 株主総会(合同会社は総社員の同意)で解散を決議し、清算人を選任する
- 解散および清算人選任の登記(法務局)
- 官報公告と個別催告による債権者保護手続(原則2か月以上)
- 残余財産の確定・分配
- 清算結了の登記
税務では、解散日までの事業年度と清算中の事業年度でそれぞれ申告が必要になり、残余財産の分配で株主側にも課税が生じ得ます。具体的な税額・申告手順は税理士にご確認ください。登記は司法書士に依頼するのが一般的で、解散から清算結了まで最短でも3か月程度、実務上は半年前後を見ておくと安全です。
個人事務所の場合
個人で登録している鑑定業者は、法人の解散・清算は不要ですが、廃業等の届出に加えて、税務署への個人事業の廃業届、消費税の事業廃止届、職員がいれば給与支払事務所の廃止届などが必要です。こちらも税理士にご確認ください。
見落としやすい実務論点と費用の目安
鑑定評価書等の保存と賠償責任保険
不動産鑑定業者には、鑑定評価書の写しや業務に関する帳簿を法令上一定期間保存する義務があり、廃業後もその期間は保存が続きます。数十年分の紙資料を自宅や倉庫に移すのか、電子化して保存するのか、廃業前に決めておく必要があります。保存期間と方法の詳細は登録行政庁にご確認ください。
注意
また、鑑定士賠償責任保険は、多くの場合「保険期間中に請求がなされたこと」を基準に補償します。廃業と同時に保険を解約すると、廃業前に納品した鑑定評価書について廃業後に損害賠償請求を受けた場合、補償されない可能性があります。廃業後の一定期間を補償対象とする特約や延長の可否を、保険会社または加入団体に必ず確認してください。この点は法律論点でもあるため、契約内容の解釈は弁護士にご確認ください。
事務所の原状回復・リースと職員の退職
事務所の賃貸借契約は解約予告が3〜6か月前と定められていることが多く、原状回復費用は借用期間が長いほど高くなりがちです。造作や間仕切りを入れている事務所では、坪あたり数万円から十数万円の見積りが出ることもあります。コピー機やシステムのリースは中途解約金の有無を契約書で確認します。地図・地価データベースなどの年間契約も、自動更新日の前に解約通知が必要です。
職員については、解雇ではなく退職勧奨・合意退職の形をとるのが一般的ですが、事業廃止による解雇であっても解雇予告(30日前)や予告手当、退職金規程に基づく支払いが必要です。雇用保険・社会保険の資格喪失手続、離職票の発行も伴います。労務の詳細は社会保険労務士にご確認ください。
廃業にかかる費用と期間の目安
| 項目 | 費用の目安 | 時期 |
|---|---|---|
| 解散・清算の登記(登録免許税・司法書士報酬) | 十数万円〜数十万円 | 廃業決定後〜清算結了 |
| 官報公告 | 数万円 | 解散登記後 |
| 清算に伴う税務申告(税理士報酬) | 案件により幅がある | 解散日〜清算結了 |
| 事務所の原状回復 | 数十万円〜数百万円 | 退去前 |
| リース・システムの中途解約金 | 契約により異なる | 契約確認後すぐ通知 |
| 職員の退職金・予告手当 | 規程と人数による | 退職時 |
| 帳簿・鑑定評価書の保管(倉庫代・電子化費用) | 年間数万円〜 | 廃業後も継続 |
金額はいずれも一般的な目安で、事務所の規模・契約内容により大きく変わります。期間は、廃業を決めてから継続案件の完了、職員の退職、賃貸借解約、清算結了まで、半年から1年程度を見ておくのが現実的です。
廃業を確定する前に「売却の可能性」を確かめる
ここまで読んで、「思ったより手間も費用もかかる」と感じたのではないでしょうか。廃業のコストは、事務所が持つ顧客基盤・公的評価の実績・職員の経験を、対価ゼロで消すことの上に乗ってきます。
一方、事務所を第三者に譲渡すれば、対価を受け取りつつ、顧客と職員を次の担い手に渡せます。株式譲渡なら法人格が続くため解散・清算の手続そのものが不要になり、賃貸借契約や職員の雇用契約もそのまま買い手に引き継がれます。廃業と売却の比較は「廃業と売却、どちらが得か」で5つの視点から整理しています。
ポイント
まとめ
- 廃業は「連絡の順序」が肝心で、職員→継続案件の依頼者→継続取引先→行政庁→家主・リース会社の順が基本です
- 廃業等の届出は第29条により30日以内。法人は別途、解散・清算の登記と清算の税務申告が必要です
- 鑑定評価書等の保存、賠償責任保険の廃業後補償、原状回復、職員の退職は見落としやすい論点です
- 費用は数十万円から数百万円、期間は半年から1年程度が目安です
- 手続の細部は登録行政庁・司法書士・税理士・弁護士・社会保険労務士にご確認ください
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執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
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