地価公示・固定資産税評価・競売評価は引き継げるのか?公的評価の承継可否を種類別に整理する
鑑定事務所の売上の柱である地価公示・地価調査・固定資産税評価・競売評価・相続税路線価評価は、M&Aで買い手に引き継げるのか。個人委嘱・自治体との契約・裁判所の選任という仕組みごとに承継可否を整理し、買い手が評価員に応募する際の考え方、承継できない売上の価格への織り込み方、年次サイクルに合わせた引き継ぎ時期を解説します。
「うちの売上の半分は公的評価だ。これが引き継げないなら、売る意味がないのではないか」。事務所の売却をご検討中のオーナー鑑定士から、最初に出る疑問がこれです。逆に買い手からは「公的評価の売上を事業価値に含めていいのか」という質問が必ず出ます。
結論から言えば、公的評価は「会社」ではなく「鑑定士個人」や「発注者との個別の契約・選任」に紐づくものが多く、M&Aで自動的に承継されるとは限りません。ただし、種類ごとに仕組みが異なり、買い手側の段取り次第で実質的に引き継げるケースもあります。ここでは公的評価を種類別に整理し、価格への織り込み方と引き継ぎ時期の考え方を、不動産鑑定士の視点で整理します。
公的評価は「誰に」紐づいているのか
まず押さえるべきは、各公的評価の発注者が「誰を」相手に評価を委ねているかです。相手が鑑定士個人なら、事務所を承継しても評価員の立場までは移りません。相手が法人(鑑定業者)なら、株式譲渡で法人格を維持すれば契約上の地位が残る余地があります。
種類別の整理(一般論)
| 公的評価 | 発注者・根拠 | 紐づく相手(一般論) | M&Aでの承継 |
|---|---|---|---|
| 地価公示 | 国土交通省(土地鑑定委員会) | 鑑定評価員として個人に委嘱 | 承継されない。買い手が別途応募・選任される必要 |
| 都道府県地価調査 | 都道府県 | 個人に委嘱される運用が一般的 | 同上 |
| 固定資産税評価(標準宅地の鑑定評価等) | 市町村(自治体) | 自治体との契約。業者(法人)契約か個人契約かは自治体により異なる | 契約相手・契約条件による。個別確認が必須 |
| 競売評価 | 裁判所 | 評価人として個人を選任 | 承継されない。買い手が別途選任される必要 |
| 相続税路線価評価(標準地の鑑定評価) | 国税局 | 個人への委嘱等が一般的 | 承継されない。買い手が別途委嘱される必要 |
いずれも運用は年度や地域によって異なります。「うちの場合はどうか」は、必ず発注者側に個別に確認してください。この表は、確認の前提となる考え方を示すものです。
「引き継げない」と「引き継ぎやすい」は別
承継されないからといって、買い手が一からやり直しとは限りません。地価公示・地価調査・路線価評価の評価員は、要件を満たす鑑定士が応募して選任される仕組みです。売り手が担当してきた地域の分科会や標準地の情報、資料の蓄積、地元の鑑定士会での人脈は、買い手が応募する際の実質的な足がかりになります。承継そのものではなく「応募しやすい環境」を引き継ぐ、と考えると整理しやすくなります。
買い手が評価員に応募する場合の考え方
買い手が公的評価を継続したいなら、売り手の任期と買い手の応募時期を合わせて設計します。
応募要件と地域要件を先に確認する
地価公示評価員をはじめ、公的評価の担い手には実務経験年数や、担当地域に関する要件が設けられているのが一般的です。買い手が別の都道府県から参入する場合、地域要件で応募できないことがあります。買収を決めてから気づくと手遅れになるため、基本合意の前に「買い手側の鑑定士が応募要件を満たすか」を確認するのが順序です。
実は担い手不足で、参入余地はある
地価公示鑑定評価員は令和6年に2,264名で、平成29年の2,477名から約8.6%減少しています。年齢構成も50代が29.7%から43.4%に増加し、30代は4.5%から1.6%に減少しています(出典: 国土交通省 不動産・建設経済局 地価調査課「業務領域の拡大等を通じた不動産鑑定士の担い手確保に向けて〜論点整理〜」令和7年3月24日)。担い手が減っている地域では、要件を満たす鑑定士が応募すれば選任される余地は小さくありません。承継されないことを過度に恐れる必要はなく、「応募できる人材を確保できるか」に論点を絞るべきです。
想定されるケース
地方都市・鑑定士1名の個人事務所(代表70代、地価公示評価員・固定資産税評価を受託、売上約1,500万円)を、同県内で独立を考えていた40代の勤務鑑定士が事業譲渡で承継するケース。地価公示評価員は承継されないため、買い手が翌年度の公募に応募し、旧代表は任期満了まで2年間並走する設計が考えられます。固定資産税評価は自治体との契約相手が個人か業者かで扱いが変わるため、契約書の確認から始めます。
承継できないものは価格にどう影響するか
公的評価の売上は安定している一方、承継されないなら買い手にとって「確実に手に入る売上」ではありません。ここが価格交渉の最大の争点になります。
売上を「承継確度」で3つに分ける
年買法(純資産に営業利益の1〜3年分を加えて価格の目安を出す方法)で価格を考える場合、営業利益の元になる売上を次のように分けると、買い手・売り手双方が納得しやすくなります。
- 承継確度が高い売上: 法人契約の顧問先、金融機関の担保評価のうち組織的に発注されているもの
- 条件付きで承継できる売上: 固定資産税評価のうち法人契約のもの、買い手が応募要件を満たす公的評価
- 承継されない売上: 売り手個人に委嘱されている地価公示・競売評価等で、買い手が要件を満たさないもの
「承継されない売上」は価格の基礎から外すか、買い手が選任された時点で追加対価を支払う条件(アーンアウト=一定の成果達成を条件に後払いする方式)にする、という選択肢があります。一律に「公的評価は価値ゼロ」と扱うのは、担い手不足の実態からしても行き過ぎです。逆に、全額を価値に織り込むのも買い手のリスクが大きすぎます。案件ごとに承継確度を見積もり、レンジで語るのが現実的です。
民間案件との組み合わせで評価する
公的評価しかない事務所と、公的評価に加えて金融機関や税理士からの民間案件がある事務所とでは、同じ売上でも価値が異なります。公的評価は「地域で信頼された鑑定士」の証明として民間案件を呼び込む役割もあるため、民間案件の比率が高い事務所ほど、公的評価が承継されなくても価値が落ちにくい構造です。売却前に民間案件の比率を高めておくことは、価格の面でも有効です。詳しくは 鑑定会社の価値を高めるポイント をご覧ください。
引き継ぎ時期は年次サイクルに合わせる
公的評価は年間スケジュールが固定されています。M&Aの時期をこれと無関係に決めると、売り手が任期途中で抜けて発注者に迷惑をかけたり、買い手が応募のタイミングを逃したりします。
種類別のサイクルと合わせ方
- 地価公示・地価調査: 価格時点(1月1日・7月1日)に向けて作業が集中します。評価員の任期や公募は年度単位で動くため、売り手の任期と買い手の応募年度を揃えて、任期満了と譲渡時期を近づけるのが基本です。
- 固定資産税評価: 3年に一度の評価替えに向けて、前年から鑑定評価作業が進みます。評価替え作業の途中で担当者が変わるのは自治体にとって負担が大きいため、評価替えの区切りに合わせて承継するのが望ましい形です。
- 競売評価: 裁判所の選任と事件配点が続く限り継続します。買い手が選任を受けるには時間がかかるため、売り手が一定期間並走する前提で設計します。
並走期間を「評価員の任期」で決める
並走期間は「なんとなく2年」ではなく、公的評価の任期・契約期間から逆算して決めると、売り手も買い手も納得しやすくなります。買い手が評価員として選任され、初年度の作業を売り手の助言を受けながら完了した時点を「並走終了」とするなど、具体的なマイルストーンを契約に織り込むのが有効です。買い手側の確認事項は 買収チェックリスト に、顧客引き継ぎの進め方は PMIと顧客引き継ぎ にまとめています。
法務・行政手続の確認
評価員の委嘱、自治体との契約、裁判所の選任に関する承継可否や手続は、それぞれの発注者の運用に従います。本記事は一般論であり、個別の案件については発注者および弁護士等の専門家にご確認ください。
まとめ
公的評価は「会社」ではなく「鑑定士個人」や「個別の契約・選任」に紐づくものが多く、M&Aで自動的に承継されるとは限りません。ただし、担い手が減っている今、買い手が要件を満たせば選任される余地はあり、承継されない売上も価格の設計とタイミングの調整で吸収できます。要点は次の3つです。
- 種類ごとに「誰に紐づくか」を確認し、承継確度で売上を分ける
- 承継されない売上は価格から外すかアーンアウトで調整し、レンジで語る
- 譲渡時期と並走期間は、評価員の任期・評価替えのサイクルから逆算する
公的評価を多く受託している事務所ほど、売却の設計には鑑定業界の実務を知る仲介者が必要です。当社は不動産鑑定士が直接、公的評価の承継設計から価格の考え方までご一緒に整理します。売却をご検討のオーナー鑑定士様、公的評価の担い手として参入したい鑑定士様、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちら。売却の全体像は 売却をご検討の方へ、価格の目安は 企業価値・売却相場 をご覧ください。
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執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
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