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売却・承継の実務読了 約12分

事務所を売ると家族に話すのはいつか?鑑定会社の売却で伝える順番と、名義株・分散株の片づけ方

鑑定会社の売却を家族にいつ伝えるかは、気持ちの問題であると同時に取引の成否を左右する実務の問題です。株主である家族・株主でない配偶者と子・共同経営者・職員の4層に分けて伝える順番を整理し、小規模な鑑定法人で障害になりやすい名義株と分散株の片づけ方を想定ケースで説明します。

「妻にはまだ話していません」。鑑定会社の売却について最初にご相談をいただくとき、そう前置きされる方は少なくありません。長く続けてきた事務所を手放すという決断は、ご本人にとってさえ整理のつかないうちから動き出すものです。家族に切り出すのは話がある程度固まってからでいい。そうお考えになるのは自然なことだと思います。

けれども、鑑定会社の売却には、気持ちの整理とは別の時間割があります。株式を持っている家族がいれば、その方の署名がなければ譲渡は完結しません。設立時に名前を借りただけの株主が残っていれば、その整理には数か月かかることがあります。相続で株式が分かれていれば、話し合いの相手は配偶者やお子様だけではなくなります。家族に伝えるタイミングは「気持ちの問題」であると同時に、取引が成立するかどうかを左右する実務の問題でもあるのです。

この記事では、私たち鑑定士の立場から、売却を誰にいつ伝えるべきかを、株主である家族・株主でない家族・共同経営者・職員という4つの層に分けて整理します。あわせて、小規模な鑑定法人で障害になりやすい名義株(設立時などに名義だけを借り、実際の出資者は別にいる株式)と分散株の片づけ方を、想定されるケースを交えて説明します。

誰に、いつ伝えるかで結果が変わる

情報は一度出ると、戻せない

鑑定業界は狭い世界です。士協会の会合、公的評価の分科会、金融機関の担当者。顔を合わせる範囲が限られている以上、「あの事務所が身売りするらしい」という話は本人が思うより速く回り、後から「検討しただけです」と説明しても消えません。検討段階で情報が漏れると、職員が将来を不安に思って動き始め、継続受注の話が先延ばしにされ、買い手が評価する「事業の安定性」が損なわれます。守秘の仕組みは「売却を誰にも知られずに進められるか」で整理していますが、情報管理の最大の穴は、仲介の手続ではなく身近な会話にあると私たちは考えています。

だからこそ、「早く伝える」と「広く伝える」を混同しないことが出発点です。伝えるべき相手には早く、それ以外には遅く。この二つは矛盾しません。

「家族」は一枚岩ではない

ご相談の場で「家族には話しましたか」と伺うと、多くの方が配偶者の顔を思い浮かべます。しかし売却の実務で問題になるのは、気持ちの上での家族ではなく、株主名簿に載っている人です。

買い手は原則として発行済株式の全部を取得したいと考えます。一部でも他人の手に残れば少数株主としての権利が残り、将来の意思決定に不確実性が生まれるからです。株主が5名いれば5名全員の同意が要り、そのうちの1人が疎遠な親族であれば、連絡を取ること自体が最初の仕事になります。

伝える相手を4つの層に分ける

実務上、次の4層に分けて順番を考えると整理しやすくなります。

層伝える時期理由
株主である家族・親族検討の最初期同意がなければ取引が成立しない
株主でない配偶者・子仲介への相談前後生活設計と気持ちの合意形成に時間が要る
共同経営者・役員株主か否かで判断株主なら最初期、非株主なら基本合意前後
職員・取引先原則として成約後早期開示は離職・受注減の直接原因になる

この順番は、優先度の高い人から並べたものではありません。合意が取れなければ前に進めない順に並べたものです。気持ちの上で最も大切な相手が、手続上は最後になることもあります。

株主である家族には、真っ先に伝えなければならない

株式譲渡は、株主全員の協力が前提になる

鑑定法人の売却で最も多いのは株式譲渡です。鑑定業者登録も契約関係も法人に残るため、引継ぎの断絶が起きにくいからです。

その株式譲渡は、株主一人ひとりの意思表示の積み上げで成り立ちます。代表が9割を持っていても、残り1割の株主が「聞いていない」と言えば、買い手は100%取得を断念するか、条件を下げるかを迫られます。ここで言う「聞いていない」には、法的な瑕疵の話だけでなく、感情のこじれも含まれます。

名義株は、古い事務所ほど残りやすい

平成2年の商法改正より前は、株式会社の設立に7名以上の発起人が必要でした。そのため、当時設立された会社では、実際には出資していない親族や知人に名義だけを借りて株主として登記した例が数多くあります。これが名義株です。

名義株が残っていると、次のような問題が起こります。

  • 名義上の株主(またはその相続人)が、自分こそ真の株主だと主張する余地が残る
  • 買い手のデューデリジェンス(買収前に対象会社の財務・法務・事業内容を調べる手続)で「株主構成が確定していない」と評価され、価格の減額要因になる
  • 名義人がすでに亡くなっていると、相続人全員を探し出して合意を得る必要が生じる

整理の方法は、名義株であることを確認する書面(確認書・念書)を名義人から取得する、あるいは形式を整えて株式を買い取るなどが一般的です。いずれも相手方の協力が前提であり、相手が高齢であったり相続が発生していたりすれば、数か月単位の時間がかかります。なお、名義株の整理は課税関係(贈与とみなされる可能性を含む)を伴うことがあるため、具体的な処理は必ず税理士にご確認ください。法的な整理の方法は弁護士にご確認ください。

相続で分散した株式は、放置すると集まらない

先代から事業を引き継いだ事務所では、相続のたびに株式が分かれていることがあります。兄弟姉妹、その配偶者、さらにその子。世代が下るほど事務所との関わりは薄くなり、連絡先すら分からなくなります。こうした事態には、次のような制度が用意されています。

  • 定款に定めを置いておけば、相続その他の一般承継で譲渡制限株式を取得した者に対し、会社がその株式の売渡しを請求できます(会社法第174条)。ただし相続があったことを知った日から1年以内という期間制限があり、株主総会の特別決議も必要です
  • 株主名簿上の株主への通知が5年以上継続して到達せず、その株主が継続して5年間剰余金の配当を受領していない場合、会社はその株式を競売または売却できます(所在不明株主の株式売却制度)
  • 中小企業経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受け、一定の手続保障を満たした非上場の中小企業者については、この「5年」を「1年」に短縮する会社法特例が設けられています(出典:中小企業庁「中小企業経営承継円滑化法 申請マニュアル 会社法特例(所在不明株主の株式の競売及び売却に関する特例)」令和6年3月)

ただし、相続人等に対する売渡請求には注意点があります。売渡請求の対象となる株主は、その決議で議決権を行使できません。そのため、代表側に相続が起きた場面では、かえって少数株主側が決議を主導してしまう事態が起こり得ると指摘されています。定款にこの定めを置くかどうか、置くとして併せてどんな備えを講じるかは、必ず弁護士にご確認ください。

いずれの制度も、使えるようになるまでに時間と手続を要します。売却を決めてから慌てて動くのではなく、株主名簿の現状を確認することから始めるのが現実的です。準備全体の進め方は「鑑定会社の売却は「引退3年前」から始めるべきか」にまとめています。

株主でない配偶者・子に伝えるタイミング

早すぎる開示の弊害

「まだ何も決まっていないが、いずれ事務所を手放すかもしれない」。この段階での開示には、二つのリスクがあります。

一つは、話が長期化したときに家族の不安だけが続くことです。鑑定会社のM&Aは、相談から成約まで半年から1年程度かかることが珍しくありません。決まらない状態を1年間共有し続けるのは、伝えられた側にとって重い負担になります。

もう一つは、情報の拡散です。悪意がなくとも、親しい相手との会話の中で断片が出ることはあります。お子様が同業であったり、配偶者が地域の集まりに参加されていたりする場合はとくに注意が要ります。

遅すぎる開示の弊害

一方、最終契約の直前になって初めて伝えた場合、弊害はさらに大きくなります。

  • 配偶者が「相談もなく決めた」と受け止め、感情的な対立に発展する
  • 事務所の建物や敷地が代表個人や配偶者の名義であった場合、賃貸借の条件や譲渡の可否を土壇場で調整することになる
  • 代表個人が会社の借入金に連帯保証を入れている場合、その解除の交渉を家族に説明しないまま進めることになる
  • 売却後の収入と生活設計について、家族が心の準備をする時間が残らない

自宅兼事務所や、代表個人名義の不動産を事務所として使っている小規模事務所ではとくに、家族の理解なしに条件を詰めることができません。この場合、配偶者は「家族」であると同時に「取引の当事者」です。

現実的な順番

私たちがお勧めしているのは、次の順番です。

  1. まず株主名簿と定款、不動産の名義、個人保証の有無を自分で確認する(誰にも伝えず1人でできます)
  2. 株主である家族・親族に、検討している旨を伝えて意向を確認する
  3. 仲介への初回相談を行い、実現可能性と価格帯のおおよその見当をつける
  4. 配偶者に、具体的な選択肢と時間軸をセットにして伝える
  5. お子様には、承継の意思の有無を確認する必要がある場合は早めに、そうでなければ方向が固まってから伝える

配偶者への開示を3の後に置いているのは、隠すためではありません。「売るかもしれない」ではなく「こういう選択肢があり、こういう時間軸で、こうなる見込みだ」と伝えられる状態にしてから話したほうが、相手の不安が小さくて済むからです。

お子様が鑑定士である場合は、この順番より前に「継ぐ意思があるか」の確認が必要です。ここを飛ばして外部への売却を進めると、後から「継ぐつもりだった」という話が出て、取引そのものが振り出しに戻ります。

共同経営者・職員に伝える順番

共同経営者は「株主かどうか」で扱いが変わる

鑑定士2名で共同経営している事務所は少なくありません。この場合、相手方が株主であるか否かで、伝える時期はまったく変わります。

相手方が株主であれば、「株主である家族」と同じ扱いです。検討の最初期に伝え、片方だけが売りたいのであれば、相手方の持分をどうするか(一緒に売るのか、こちらが買い取るのか、相手方に買い取ってもらうのか)を先に決める必要があります。

相手方が株主ではなく、雇用または業務委託の関係にある鑑定士であっても、その方が専任の不動産鑑定士として登録されているなら、去就は取引の成否に直結します。買い手にとって、専任の鑑定士がいなくなる事務所には登録を維持する術がないからです。この場合は、基本合意の前後、遅くとも買い手が詳細な調査に入る前に意向を確認しておくのが安全です。

職員への開示は、原則として成約後

事務員や補助者を含む職員への開示は、成約後が原則です。理由は単純で、確定していない情報は不安だけを生むからです。

ただし、成約後に「実は半年前から進めていた」と伝えれば、信頼を損ねる面があることも事実です。ここで効くのは、開示のタイミングそのものより、開示の内容です。雇用条件がどう守られるのかを、契約書の裏付けをもって同時に説明できれば、受け止め方は大きく変わります。雇用条件の作り込みについては「職員の雇用は本当に守れるのか」をご覧ください。

注意

取引先・依頼者への案内も成約後が原則です。ただし、契約に支配権の変動に関する条項(チェンジオブコントロール条項)が入っている場合は、事前の通知や承諾が必要になることがあります。主要な契約書は、検討の初期に確認しておいてください。

想定されるケース:名義株が残る鑑定法人

ケース設定

地方都市で、代表鑑定士1名・鑑定士1名・事務員1名が営む法人を想定します。売上2,600万円、営業利益500万円、純資産1,200万円。昭和60年代に先代が設立し、代表は2代目です。株主名簿には代表のほか、先代の弟とその子2名、および先代の友人1名が記載されています。合計で発行済株式の18%です。実在の事務所ではなく、比較のための仮の設定です。

代表は、この18%について「名義を借りただけで、配当も出していないから実質は自分のもの」と認識しています。しかし、それを裏付ける書面は残っていません。

整理しないまま買い手と接触した場合

買い手は、デューデリジェンスで株主名簿と設立時の資料を確認します。出資の払込みを示す資料がなく、名義人本人の確認書もない状態では、株主構成が確定していないと判断されます。買い手の対応は、おおむね次のいずれかです。

  • 100%の取得を条件とし、名義株の整理が完了するまで契約を締結しない(成約が数か月ずれる)
  • 82%のみを取得し、残る18%が将来主張されるリスクを織り込んで価格を引き下げる
  • 株式譲渡をあきらめ、事業譲渡に切り替える(登録の承継や契約の巻き直しが必要になる)

年買法(純資産に営業利益の数年分を加えて譲渡価額を見積もる考え方)で純資産1,200万円に営業利益500万円の2年分を加えると、2,200万円が一つの目安になります。ここで株主リスクを理由に1割の減額を受ければ約220万円、2割であれば約440万円が失われる計算です。これはあくまで一つの想定であり、実際の価格は事務所の内容と交渉によって上下します。この金額を保証するものではありません。

先に整理した場合

一方、売却を具体化する前に名義株を整理しておけば、話は変わります。名義人4名に事情を説明し、名義株であることの確認書を取得する、あるいは形式を整えて株式を買い取る。買取りを選ぶ場合でも、1株あたりの評価額が低位にとどまるのであれば、必要となる資金は数十万円から百数十万円の範囲に収まることも考えられます。

ポイント

名義株の整理は、売却を前提としない段階でこそ進めやすいという性質があります。「会社を売るので株を返してほしい」と切り出すより、「代替わりに合わせて株主名簿を整えたい」と説明するほうが、相手の理解を得やすいためです。整理に伴う課税関係は税理士に、書面の作り方は弁護士にご確認ください。

伝える順番を整えた場合の進み方

このケースで現実的な順番は、まず株主名簿・定款・議事録の保管状況を1人で確認し、次に名義人である親族に「代替わりに伴う整理」として連絡を取り、それと並行して配偶者に選択肢と時間軸を伝える、という流れです。名義株の整理に半年、その後に買い手探しに半年と見込めば、引退を考える時期の2年前には着手しておきたいところです。

まとめ

鑑定会社の売却を家族にいつ伝えるかは、気持ちの問題であると同時に、取引が成立するかどうかを決める実務の問題です。株主である家族には最初期に、株主でない配偶者には選択肢と時間軸を示せる状態になってから、職員と取引先には原則として成約後に。この順番を意識するだけで、避けられる摩擦は相当にあります。

要点を振り返ります。

  • 伝える相手は、株主である家族・株主でない家族・共同経営者・職員の4層に分けて考えます
  • 株式譲渡は株主全員の協力が前提です。1名でも同意が得られなければ、価格か方式のいずれかを譲ることになります
  • 平成2年の商法改正前に設立した事務所には名義株が残りやすく、整理には相手方の協力と数か月の時間が要ります
  • 相続で分散した株式には、定款による相続人等への売渡請求(会社法第174条)や所在不明株主の株式売却制度といった対応策がありますが、いずれも期間制限や手続要件があります
  • 配偶者への開示は、仲介への初回相談で実現可能性の見当をつけてからのほうが、伝えられる側の不安が小さくて済みます
  • 職員への開示は成約後が原則ですが、雇用条件の裏付けを同時に示せるかどうかで受け止め方が変わります

事務所の代替わりを意識し始めたオーナー鑑定士の方、株主に親族が並んだままの鑑定法人を率いておられる方、そしてそうしたお客様から事業承継のご相談を受ける税理士・弁護士の先生方に、株主名簿を一度開いてみることをお勧めします。売る・売らないを決める前にできる準備が、そこには残っています。

当事務所は、鑑定業界の事情を分かったうえでお話を伺える窓口として、秘密厳守の無料相談を承っております。「家族にどう切り出すべきか」「この株主構成のままで売れるのか」という段階のご相談で構いません。鑑定会社の売却・承継・買収をご検討の方は、ぜひ一度ご相談ください。

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

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