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鑑定業法・登録・税務読了 約8分

守秘義務があってもM&Aで依頼者情報は渡せるのか?鑑定会社のデューデリジェンス開示4段階

守秘義務を負う鑑定事務所は、M&Aで依頼者情報をどこまで買い手に見せてよいのか。鑑定評価法の秘密保持、個人情報保護法の事業承継の例外、依頼者との契約を整理し、匿名化とクリーンルームで進める開示の4段階とNDAに足す5条項を鑑定士が解説します。

守秘義務を負う鑑定事務所が、M&Aで依頼者の情報を買い手に見せてよいのか。売却を考え始めたオーナー鑑定士から、最初に出てくる不安のひとつです。買い手からは「上位顧客の名前と売上を出してほしい」「過去の鑑定評価書を何件か見たい」と求められます。一方で、鑑定評価書には依頼者の資産状況や、相続・離婚・訴訟といった事情が書かれています。

結論から申し上げます。依頼者の情報は「一度に全部」ではなく、「段階ごとに、匿名化した形から」開示するのが原則です。個人情報保護法は、事業の承継に伴う個人データの提供を第三者提供の制限から外していますが、交渉段階で渡すには安全管理の契約が前提になります。さらに鑑定士には、鑑定評価法による秘密保持義務と、依頼者との契約上の守秘義務が重なります。名前を伏せても、買い手が知りたいことの大半は伝えられます。

この記事では、私たち鑑定士の立場から、M&Aで守るべきルールの整理、買い手の調査ニーズの分解、開示の4段階、交渉段階で結ぶ契約、想定されるケースまでを順に説明します。法的な判断が分かれる部分は、弁護士にご確認ください。

守秘義務とM&A:鑑定事務所に重なる3つのルール

鑑定評価法の秘密保持義務:廃業した後も続く

不動産鑑定業者と不動産鑑定士は、正当な理由なく、業務上知り得た秘密を他に漏らしてはならないと、不動産の鑑定評価に関する法律(以下、鑑定評価法)に定められています。この義務は不動産鑑定士でなくなった後や、鑑定業を廃止した後も続き、違反は懲戒処分や罰則の対象になり得ます。

問題は、M&Aのための開示が「正当な理由」に当たるかどうかです。この点を正面から判断した公的な解釈は見当たりません。私たち鑑定士の実務感覚としては、「売却交渉のためなら依頼者の秘密を見せてよい」とは考えず、秘密に当たる情報は成約が見えるまで外に出さない設計にするのが安全です。

個人情報保護法:事業承継は第三者提供の例外、ただし契約が前提

個人情報保護法第27条第5項第2号は、合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データを提供する場合、提供先は「第三者」に該当しないとしています。つまり本人の同意がなくても、承継の相手に個人データを渡せる枠組みがあります。

ただし、個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)は、契約締結前の交渉段階で相手の調査を受けて個人データを提供する場合もこの例外に当たるとしつつ、条件を付けています。データの利用目的と取扱方法、漏えい等が起きた場合の措置、交渉が不調に終わった場合の措置などを定め、相手に安全管理措置を守らせる契約を結ばなければなりません。また、承継で取得した個人情報は、承継前の利用目的の範囲でしか使えません(同法第18条第2項)。

依頼者との契約:金融機関・企業の守秘条項は別に効く

もう一つ見落としやすいのが、依頼者と結んだ業務委託契約や、金融機関の取引規程に入っている守秘条項です。法律上の例外に当たっても、契約で「第三者への開示禁止」を約束していれば、その違反は別に問題になります。継続取引のある金融機関や企業の契約書は、開示の前に条項を読み直しておくべきです。

ルール守るものM&Aでの扱い
鑑定評価法の秘密保持業務上知り得た秘密例外規定なし。成約まで秘密は出さない設計に
個人情報保護法個人データ事業承継は例外。交渉段階は安全管理の契約が必須
依頼者との契約契約で約束した情報条項次第。開示前に確認

買い手は依頼者情報で何を知りたいのか

本当に知りたいのは「名前」ではなく「売上の質」

買い手が依頼者情報を求める目的は、ほとんどが売上の継続性の確認です。どの属性の依頼者が何割を占めるか、上位顧客への集中度はどの程度か、取引は何年続いているか。これらは依頼者名を伏せた「属性」「年数」「金額」で十分に伝えられます。買い手が確認すべき項目は「決算書だけで鑑定会社を買ってよいのか」で整理しています。

品質とリスクは評価書のサンプルで確認する

もう一つの目的は、鑑定評価書の品質と賠償リスクの確認です。これには実物の評価書を見てもらうのが早道ですが、依頼者名・所在地・価格・依頼目的の事情などをマスキング(黒塗り)すれば、品質の判断に必要な部分は残せます。

職員の個人情報も同じ考え方で扱う

M&Aで扱う個人情報は依頼者のものだけではありません。職員名簿・給与・人事評価も個人データです。交渉段階では「鑑定士A、50歳代、勤続12年、年収帯」のように匿名化し、氏名の開示は最終契約の後に回すのが原則です。職員への伝え方は「職員と依頼者にはいつ伝えるのか」をご覧ください。

デューデリジェンスの資料開示は4段階で設計する

開示の4段階と依頼者情報の扱い

デューデリジェンス(買い手による詳細調査)の資料開示は、交渉の進み具合に合わせて4段階で設計します。

段階前提となる手続依頼者情報の扱い
1:初期打診なし出さない。地域・規模・業績の概要のみ
2:概要説明NDA(秘密保持契約)締結属性別の売上構成・集中度を匿名で
3:デューデリジェンス基本合意+個人データの取扱契約上位顧客を記号化して年数・金額、マスキング済みの評価書
4:最終契約後最終契約締結主要依頼者の名前を限定メンバーに開示し、承継の挨拶へ

初期打診の段階で使うノンネームシート(匿名概要書)とNDAの実務は「売却を誰にも知られずに進められるか」で解説しています。

匿名化のやり方:依頼者コードと属性区分

匿名化は、依頼者ごとに「C-001」のようなコードを振り、属性区分(地方銀行、信用金庫、地方公共団体、税理士・弁護士経由の個人、事業法人など)、取引開始年、直近3期の売上を一覧にする方法が扱いやすいでしょう。ただし、地域で取引先が限られる場合は「県内の第一地方銀行」と書くだけで特定できてしまいます。特定につながる場合は、属性区分を「金融機関」のように一段粗くします。

クリーンルーム方式:見る人・場所・方法を絞る

匿名化しても特定のおそれが残る資料は、クリーンルーム方式で開示します。閲覧できる人を買い手側の数名と外部の専門家に限り、閲覧は事務所内の端末や、ダウンロードと印刷を禁止したVDR(バーチャルデータルーム、閲覧履歴が残るオンラインの資料室)に限定します。買い手の営業担当者には見せず、交渉が不調に終われば閲覧権限を直ちに止めます。

守秘義務をM&Aの契約で担保する:NDAに足すべき5つの条項

一般的なNDAだけでは足りない理由

M&Aの初期に結ぶNDAは、交渉の事実や財務情報を守るための定型的なものが多く、個人データの取扱いまでは書かれていないことがあります。先に見たガイドラインの条件を満たすには、デューデリジェンスに入る前に、次の条項を追加するか、別に取扱契約を結びます。

  1. 利用目的の限定(譲受の検討のためだけに使う)
  2. 取扱方法と閲覧者の限定(閲覧者名簿、複製・持ち出しの禁止)
  3. 漏えい等が起きた場合の報告と対応
  4. 交渉が不調に終わった場合の返還・廃棄と、その証明
  5. 依頼者・職員への接触と勧誘の禁止(一定期間)

5番目の条項が鑑定業界では特に重要

狭い鑑定業界では、買い手が同業者であることも珍しくありません。交渉が不調に終わった後、知り得た依頼者に営業をかけられれば、売り手の事業は大きく傷つきます。依頼者への接触禁止は、守秘と同じくらい重要な条項です。条項の具体的な書き方は、M&Aに詳しい弁護士にご確認ください。

想定されるケース:依頼者120先の鑑定事務所のデューデリジェンス

ケースの設定

鑑定士3名、年間売上4,000万円、取引のある依頼者が120先、上位10先で売上の55%を占める事務所を想定します。買い手は隣県の鑑定会社です。数字はすべて仮定です。

段階ごとに開示した内容

  • 概要説明の段階:依頼者を5つの属性に分けた売上構成表と、上位10先の合計比率(55%)だけを示す
  • デューデリジェンスの段階:上位10先を「C-001〜C-010」として、属性・取引開始年・直近3期の売上を開示。あわせて依頼目的の異なる評価書10件をマスキングして閲覧に出す
  • 最終契約の後:上位10先の名前を、買い手の代表と担当予定の鑑定士の2名だけに伝え、売り手の代表が同行して挨拶に回る

マスキングにかかる手間の試算

評価書1件あたり平均60ページ、マスキングと確認に1件2時間かかると仮定すると、10件で約20時間です。職員1名が半月ほど、通常業務の合間に進める量になります。黒塗りの漏れは致命的なので、作業者とは別の人がもう一度確認する時間も見込んでおきます。

この手間を惜しんで生の評価書を渡すと、交渉が不調に終わったとき、取り返しがつきません。事前に「サンプル用の10件」を選んでマスキングしておくことが、売却準備の一部になります。

まとめ

守秘義務を負う鑑定事務所でも、匿名化と段階的な開示、そして交渉段階の契約を組み合わせれば、依頼者を守りながらM&Aの調査に応えることができます。

要点を振り返ります。

  • 鑑定事務所には、鑑定評価法の秘密保持義務、個人情報保護法、依頼者との契約上の守秘という3つのルールが重なります
  • 個人情報保護法は事業承継を第三者提供の例外としていますが、交渉段階の提供には安全管理の契約が必要です
  • 買い手が知りたいのは依頼者の名前ではなく売上の質で、属性・年数・金額の匿名データで大半を伝えられます
  • 開示は「初期打診→概要説明→デューデリジェンス→最終契約後」の4段階で設計し、名前は最終契約の後に限定メンバーへ伝えます
  • NDAには利用目的の限定、不調時の返還・廃棄、依頼者への接触禁止などの条項を加えます

事務所の売却を考え始めたオーナー鑑定士の方、そして鑑定会社の譲り受けを検討している方は、どの情報をどの段階で出すかを交渉の前に決めておくことで、依頼者の信頼と交渉の両方を守りやすくなります。

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

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