本文へスキップ
鑑定業法・登録・税務読了 約8分

鑑定評価書の保存期間5年は誰が守るのか?株式譲渡・事業譲渡・廃業で変わる書類の引き継ぎ方

鑑定評価書の保存期間は5年(施行規則第38条第2項)。では事務所を売ったり、たたんだりしたら誰が保管するのか。株式譲渡・事業譲渡・個人事務所の承継・廃業ごとに保管責任の行き先を整理し、清算人の10年保存、守秘義務と廃棄、電子化の費用試算まで鑑定士が解説します。

鑑定評価書の保存期間は何年なのか。事務所の売却や廃業を考え始めたオーナー鑑定士から、意外に多く受ける質問です。書庫に積み上がった数十年分の控えを前に、「どこまで残せばよいのか」「売ったら誰が持つのか」「たたんだら自宅に運ぶしかないのか」と迷うのは自然なことです。

結論から申し上げます。法令上、不動産鑑定業者は鑑定評価書の写しと、対象不動産を明示する図面・写真などの資料を5年間保存しなければなりません。株式譲渡なら保存義務を負う会社そのものが続くため書類は会社に残り、事業譲渡や廃業では、義務を負う元の業者と、実際に書類を持つ人がずれる可能性があります。このずれを契約と保管計画で埋めることが、承継・廃業時の書類対応の核心です。

この記事では、私たち鑑定士の立場から、保存義務の中身、承継の形ごとの保管責任の行き先、廃業時の注意点、電子化の進め方までを順に整理します。法的な解釈が分かれる部分は、登録行政庁や弁護士・税理士にご確認ください。

鑑定評価書の保存期間は5年:何を、誰が保存するのか

保存義務の対象は「写し」と「対象不動産を明示する資料」

不動産の鑑定評価に関する法律施行規則第38条第2項は、不動産鑑定業者が保存すべき書類を「鑑定評価書の写しのほか、対象不動産等を明示するに足りる図面、写真その他の資料」とし、その保存期間を5年と定めています。義務を負うのは個々の不動産鑑定士ではなく、鑑定評価書を交付した不動産鑑定業者です。

ここで押さえたいのは、保存対象が評価書の控えだけではない点です。位置図・地積測量図・建物図面・現地写真など、「どの不動産を評価したのか」を後から特定できる資料も含まれます。依頼書や受付簿、取引事例の収集資料、計算シートは条文に列挙されていませんが、評価の根拠を説明する材料として、実務上は一体で保管しておくのが安全です。

5年は最低ライン、民事上の責任とは別物

5年はあくまで行政上の保存義務です。鑑定評価の誤りを理由とする損害賠償請求は、民法上の債務不履行(権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年)や不法行為(損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年)という別の枠組みで判断されます。

保存期間を過ぎて根拠資料を廃棄していると、請求を受けたときに「当時の判断が合理的だった」と示す材料が手元に残りません。表明保証と過去の鑑定評価書の責任については「売却後も過去の鑑定評価書に責任を負うのか」で詳しく整理しています。私たち鑑定士の実務感覚としては、評価書の写しと主要な根拠資料は、5年を過ぎても電子化して10年程度は残しておくことをおすすめします。

会計帳簿・税務書類は別の法律で期間が決まる

鑑定事務所が保存すべき書類は、鑑定評価書だけではありません。会社としての帳簿や税務書類は、それぞれ別の法律で期間が定められています。

書類主な根拠保存期間保存する人
鑑定評価書の写し・図面・写真等鑑定評価法施行規則第38条第2項5年不動産鑑定業者
会計帳簿・事業に関する重要な資料会社法第432条第2項帳簿閉鎖から10年株式会社
清算会社の帳簿資料会社法第508条第1項清算結了の登記から10年清算人
法人税の帳簿書類法人税法原則7年(欠損金がある年度は延長あり)法人

税務書類の保存期間と電子保存の要件は、個別事情で変わります。具体的な取扱いは税理士にご確認ください。

承継の形で変わる保管責任:株式譲渡・事業譲渡・個人事務所

株式譲渡:義務は会社に残り、主体は変わらない

株式譲渡では、株主が替わるだけで、鑑定業者として登録を受けている会社そのものは続きます。保存義務を負う主体が変わらないため、書類は会社の資産として新しい経営陣のもとに残ります。登録の扱いは「鑑定業者登録はM&Aでどうなる?」で整理したとおり、第22条の登録自体は続き、役員や専任の不動産鑑定士の変更は変更の届出で対応します。

株式譲渡で注意すべきは、書類の「所在」です。旧代表の自宅や個人の外付けディスクに控えが置かれていると、譲渡後に会社が保存義務を果たせない状態になります。クロージング(譲渡の実行)までに、すべての控えを会社の管理下へ戻し、保管場所の一覧を引き渡し資料に加えます。

事業譲渡:義務は譲渡元に残る、引き継ぎは「保管委託」で設計する

事業譲渡では、顧客・職員・資産を個別に買い手へ移しますが、過去に鑑定評価書を交付した業者は譲渡元のままです。法令上の保存義務の主体は、原則として交付した業者にとどまると考えられます。ところが実務では、書類一式を買い手の事務所へ移すことが多く、「義務を負う者」と「書類を持つ者」が分かれてしまいます。

このずれを放置しないために、事業譲渡契約に次の3点を書き込んでおくことをおすすめします。

  1. 買い手が譲渡元に代わって保管する範囲と期間(保管委託の条項)
  2. 譲渡元・依頼者・行政庁から閲覧や写しの交付を求められたときの対応方法と費用負担
  3. 保存期間経過後の廃棄の方法と、廃棄前の通知

事業譲渡と株式譲渡の違いは「株式譲渡と事業譲渡、どちらを選ぶべきか」でも比較しています。保存義務の主体の解釈は事案によって変わり得るため、契約条項の作り方は弁護士に、行政上の扱いは登録行政庁にご確認ください。

個人事務所の承継:登録は引き継げず、書類だけが移る

個人の不動産鑑定業者を承継する場合、登録は個人に属するため買い手には移りません。買い手は自らの登録で業務を続け、旧事務所は第29条の廃業等の届出を行います。このとき、旧事務所の鑑定評価書の控えは、旧代表個人の保存義務が残ったまま、物理的には買い手の事務所へ移ることが多くなります。

構造は事業譲渡と同じで、保管委託と閲覧対応の取り決めが必要です。個人事務所の承継の手順は「個人事務所は売却できるのか」で解説しています。

廃業するときの書類保管:届出の後も保存は続く

廃業等の届出は30日以内、保存期間はその後も残る

不動産鑑定業を廃止した場合、第29条により30日以内に登録行政庁へ廃業等の届出を行います。ただし、届出を出しても、廃業直前に交付した鑑定評価書の保存期間は数年残ります。廃業手続の全体像は「鑑定事務所の廃業手続は何から始めるか」をご覧ください。

廃業後に「以前の評価書の写しがほしい」「訴訟で提出したい」と依頼者から連絡が来ることは珍しくありません。保管場所と連絡先を、少なくとも継続取引のあった金融機関・自治体・士業には伝えておくべきです。

法人の清算:清算結了から10年、清算人が帳簿資料を保存

株式会社を解散・清算する場合、会社法第508条第1項により、清算人が清算結了の登記の時から10年間、会社の帳簿と事業・清算に関する重要な資料を保存しなければなりません。会社が消えても保存義務は消えず、清算人を務めた元代表に残ります。

この規定の「帳簿資料」に鑑定評価書の写しがどこまで含まれるかは、解釈が分かれ得ます。安全側に立てば、清算結了後もしばらくは評価書の控えを含めて保管を続ける前提で、保管場所と費用を見込んでおくのが現実的です。

守秘義務は廃業後も続く:廃棄の方法に注意

不動産鑑定業者の守秘義務は、業務を廃止した後も続くと鑑定評価法に定められています。鑑定評価書には依頼者の資産状況や相続・離婚・訴訟などの事情が含まれるため、保存期間を過ぎた書類も、一般ごみとして出すことはできません。溶解処理など、廃棄証明が出る方法を選び、廃棄の記録を残しておきます。

想定されるケース:開業20年の事務所で書類を引き継ぐ

書類の量と、電子化にかかる費用の試算

開業20年、年間120件を受任してきた事務所を譲渡する場合を想定します。数字はすべて仮定です。

  • 控えの総数:120件×20年=2,400件
  • 1件あたりの枚数(評価書の写しと図面・写真・根拠資料):平均80枚と仮定
  • 全件を電子化する場合:2,400件×80枚=19万2,000枚
  • 法定の保存期間内の直近5年分だけなら:600件×80枚=4万8,000枚

外部のスキャン業者に1枚10円で依頼すると仮定すれば、全件で約192万円、直近5年分で約48万円です。全件の電子化は費用に見合わないことが多く、次のように区分して優先順位を付けるのが現実的です。

区分対象扱い
A:法定保存期間内直近5年分全件を電子化し、原本も保管
B:紛争リスクが残るもの訴訟・調停・再評価の依頼があった案件など年数に関係なく電子化して保管
C:期間経過・低リスク上記以外の古い案件案件台帳だけ残し、溶解処理

電子化保管の実務:検索性とアクセス権

電子化で大切なのは、スキャンすることより「後から探せること」です。ファイル名を「受付番号_価格時点_所在地_依頼目的」のように統一し、案件台帳と紐づけておけば、デューデリジェンス(買い手による詳細調査)で「過去の評価書がすぐに出てくる事務所」と評価されます。評価書の保存状況は買い手が必ず確認する項目で、「決算書だけで鑑定会社を買ってよいのか」でもチェック項目に挙げています。

あわせて、閲覧できる人を限定するアクセス権の設定、退職者の個人PCに残ったデータの回収、クラウドの契約名義を会社にしておくことも欠かせません。なお、保存義務のある鑑定評価書の写しを電子データだけで保存してよいか、原本の紙をいつ廃棄できるかは、登録行政庁に確認したうえで方針を決めてください。

まとめ

鑑定評価書の保存期間は5年ですが、承継や廃業の場面では「誰がその義務を負い、誰が書類を持つのか」を決めておかなければ、義務が宙に浮きます。

要点を振り返ります。

  • 不動産鑑定業者は、鑑定評価書の写しと対象不動産を明示する図面・写真等を5年間保存する義務を負います(施行規則第38条第2項)
  • 5年は行政上の最低ラインで、民事上の責任はより長く残り得るため、主要な根拠資料は電子化して長めに残すのが安全です
  • 株式譲渡では会社に義務と書類が残り、事業譲渡・個人事務所の承継では保管委託と閲覧対応を契約で定めます
  • 廃業後も保存期間は続き、法人の清算では清算人が清算結了から10年、帳簿資料を保存します
  • 守秘義務は廃業後も続くため、廃棄は溶解処理など記録の残る方法で行います

事務所の売却や廃業を考え始めたオーナー鑑定士の方、そして事務所の譲り受けを検討している鑑定会社・不動産会社の方は、書庫の棚卸しを交渉の前に済ませておくことで、手続も価格交渉も格段に進めやすくなります。

鑑定会社の売却・承継・買収をご検討の方は、書類の引き継ぎ方を含めて、秘密厳守の無料相談をご利用ください。「売却をお考えの方へ」「事業承継・後継者不在のご相談」もあわせてご覧ください。無料相談はこちら

  • #鑑定評価書
  • #保存期間
  • #保管義務
  • #廃業
  • #事業譲渡
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する

相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。

関連記事

鑑定業法・登録・税務

鑑定事務所の廃業手続は何から始めるか?届出30日以内・清算・帳簿保存・原状回復まで、順序と費用を鑑定士が整理する

不動産鑑定事務所を廃業する際の手続と費用を順序立てて整理します。廃業等の届出(第29条・30日以内)、法人の解散・清算登記、鑑定評価書等の保存、賠償責任保険の扱い、事務所の原状回復、職員の退職、顧客・行政庁への連絡順序まで。廃業を決める前に売却の可能性を確かめる視点も示します。

読了 約7分

鑑定業法・登録・税務

鑑定業者登録はM&Aでどうなる?第22条・第35条・第29条から読む承継手続と「登録の空白」を作らない段取り

不動産鑑定業者の登録はM&Aで引き継げるのか。株式譲渡では法人格が続くため登録は維持され変更届で足りる一方、事業譲渡・合併では買い手側の新規登録または事務所追加と廃業届が必要です。第22条・第35条・第29条を引用しつつ、大臣登録と知事登録の違い、登録の空白期間を作らない段取り、専任鑑定士の配置を整理します。

読了 約8分

売却・承継の実務

売却後も過去の鑑定評価書に責任を負うのか?鑑定会社M&Aの表明保証と補償の線引き

株式譲渡契約の表明保証では何を約束させられるのか。鑑定会社では財務・労務・許認可に加え、過去に交付した鑑定評価書の責任が論点になります。保存義務5年と民事上の時効の違い、補償上限・期間・デミニミスという線引き、表明保証保険の使いどころを鑑定士が整理します。

読了 約10分

Confidential Consultation

まずは、秘密厳守の無料相談から

「売れるのか知りたい」「まだ迷っている」「相場だけ聞きたい」。そんな段階のご相談こそ歓迎です。会社名を伏せたままでも構いません。同業の鑑定士が、率直に見通しをお伝えします。

受付: 平日 9:00〜18:00(メール・フォームは24時間)/30分のオンライン相談をカレンダーから予約

電話で相談秘密厳守で無料相談