競業避止義務の期間は何年が妥当か?鑑定会社を売った後に鑑定業を再開できる範囲
鑑定会社を売却した後の競業避止義務の期間は何年か。事業譲渡は会社法上20年、株式譲渡は契約次第という原則から、期間・地域・業務範囲の線引き、講師や非常勤の活動を残す交渉の進め方、再開時の登録の注意点まで不動産鑑定士が整理します。
「事務所を売ったら、もう二度と鑑定評価書に署名できなくなるのか」。鑑定会社の売却を考えるオーナー鑑定士から、譲渡価格と並んでよく話題になるのが、競業避止義務(譲渡した事業と同じ事業を一定期間・一定地域で行わない義務)の期間についての質問です。売った後も講師や非常勤として鑑定の仕事に関わりたい、地元の依頼者から相談されたら応じたい。その気持ちと、買い手が守りたい顧客基盤とが正面からぶつかるのがこの条項です。
結論から言えば、競業避止義務は「一生鑑定業ができなくなる」ものではありません。事業譲渡で特約がなければ会社法上は20年という長い期間が定められていますが、実際の譲渡契約では、期間・地域・業務範囲を当事者の合意で具体的に定めるのが通常で、数年程度に絞られる例が多く見られます。そして、講演・執筆・研修講師や、買い手の事務所での非常勤勤務などは、交渉次第で禁止の対象から外すことができます。
この記事では、私たち鑑定士の立場から、法律上の原則、鑑定会社の譲渡契約で問題になる「年数・地域・業務範囲」の線引き、そして売却後の活動の余地を残す交渉の進め方を整理します。個別の条項の有効性や法的評価は、必ず弁護士にご確認ください。
競業避止義務の期間は法律でどう決まっているか
事業譲渡は「同一・隣接市町村で20年」が原則
会社が事業を譲渡した場合、当事者が別段の意思表示をしない限り、譲渡した会社は、同一の市町村と隣接する市町村の区域内で、譲渡の日から20年間、同一の事業を行ってはならないとされています(会社法第21条第1項)。特約で同一の事業を行わないと定めた場合も、その効力は譲渡の日から30年の期間内に限られます(同条第2項)。さらに、期間や地域にかかわらず、不正の競争の目的で同一の事業を行うことは禁じられています(同条第3項)。
ここで押さえておきたいのは、この規定が義務を課すのは「事業を譲渡した会社」だという点です。法人が事業譲渡をしても、代表者個人が別の法人を立ち上げて鑑定業を始めることまで、条文がそのまま縛るわけではありません。だからこそ買い手は、契約で代表者個人にも競業避止義務を負わせようとします。
株式譲渡には法律上の競業避止義務がない
株式譲渡では、会社そのものは存続し、株主が入れ替わるだけです。売り手の株主個人に競業避止義務を課す条文はないため、義務の有無・期間・範囲はすべて株式譲渡契約の定めによって決まります。逆に言えば、株式譲渡の契約書に何も書かれていなければ、法律上は売却後に独立することを直接禁じる根拠は乏しく、買い手はほぼ必ず条項を求めてきます。
なお、売却後も旧代表が取締役として残る場合、在任中は取締役としての競業取引の規制(会社法第356条第1項第1号)を受けます。並走期間中の取締役としての制約と、退任後の契約上の競業避止義務は別のものとして整理しておく必要があります。
個人事務所の事業譲渡は契約で明示する
個人の鑑定事務所を事業譲渡で売る場合、商法第16条にも営業を譲渡した商人の競業禁止の規定がありますが、士業的な性格を持つ鑑定事務所にこれがそのまま及ぶかは解釈が分かれ得ます。条文に頼らず、契約書で期間・地域・業務範囲を明示しておくのが安全です(個人事務所の売却手順は個人事務所は売却できるのかで整理しています)。
| 譲渡の形 | 法律上の原則 | 実務での扱い |
|---|---|---|
| 事業譲渡(法人) | 同一・隣接市町村で20年(会社法第21条) | 契約で期間・範囲を絞り、代表者個人も当事者にする |
| 事業譲渡(個人) | 商法第16条の適用は解釈次第 | 契約で明示するのが前提 |
| 株式譲渡 | 法律上の義務なし | 株式譲渡契約で売り手株主に課す |
競業避止義務の期間・地域・業務範囲はどう線引きされるか
期間は「顧客が移るまで」が目安
M&Aの譲渡契約では、競業避止義務の期間は数年程度とされる例が多く、2〜5年程度の幅で交渉されるのが一般的です。会社法の20年をそのまま受け入れる必要はありません。
鑑定会社の場合、私たち鑑定士は期間の根拠を「顧客と公的評価の担当が買い手側に移るまでの時間」に置くことをおすすめしています。金融機関の担保評価や士業からの紹介案件は、繁忙期を2回ほど経験すると担当者が入れ替わったことが定着します。公的評価も年度単位で動きます。そのため、並走期間(売却後に旧代表が顧問や非常勤として残る期間)を1〜2年とし、その終了後さらに1〜2年、合計で3年前後を競業避止の期間とする設計は、双方にとって説明のつきやすい落としどころです(並走期間の設計は売却後も働けるのかを参照)。
地域は「市町村」より「営業圏」と「顧客」で定める
鑑定業は、依頼者が金融機関・士業・公共団体に偏り、営業圏が市町村の境界と一致しません。会社法の「同一・隣接市町村」という基準をそのまま使うと、県庁所在地の事務所なら狭すぎ、郊外の事務所なら実態と無関係な線引きになりがちです。
実務では、次のような定め方が考えられます。
- 都道府県単位で地域を限定する(地方の事務所で、営業圏が県内にほぼ収まる場合)
- 地域ではなく、譲渡時点の取引先名簿に載っている依頼者への勧誘・受任を禁止する(非勧誘条項)
- 職員の引き抜き禁止を別に定める
競業避止の合理性は、守るべき利益の有無、地位、地域の限定、期間、禁止行為の範囲、代償の有無といった要素で判断されるとされています。地域を無限定にしたり、業務範囲を広げすぎたりすると、条項そのものの有効性が争われる余地が生まれます。売り手にとっても買い手にとっても、絞り込んだ条項のほうが安全です。
業務範囲は「鑑定評価」と「それ以外」を分ける
鑑定会社の競業避止で最も重要なのが業務範囲の書き方です。「不動産鑑定業その他これに類する業務」と包括的に書かれると、講演や執筆、相談対応まで禁止されているのか判然としません。禁止する業務を具体的に列挙し、禁止しない業務を明記するのが紛争を防ぐ書き方です。
| 業務 | 禁止の対象にしやすい | 除外の交渉余地が大きい |
|---|---|---|
| 鑑定評価・価格等調査 | 自ら鑑定業者として受任 | 買い手の事務所で非常勤として担当 |
| 公的評価 | 譲渡した地域での受託 | 譲渡地域外の受託 |
| 教育・発信 | ― | 講演・執筆・研修講師 |
| 公的な役職 | ― | 裁判所や行政の委員など |
会社売却後に独立・再開するときの落とし穴
期間が明けても「登録」から始め直す
競業避止の期間が明けた後に鑑定業を再開するには、不動産鑑定業者としての登録を受け直す必要があります(不動産の鑑定評価に関する法律第22条)。登録の申請から実際に受任できるまでには時間がかかるため、期間満了と同時に業務を始められるわけではありません。再開の可能性があるなら、期間満了の数か月前から準備を始める前提で計画を立ててください。
「別法人」「家族名義」での開業は通用しない
譲渡契約では、本人だけでなく、本人が役員や株主となる法人、本人の親族名義の事業を通じた競業も禁止の対象に含めるのが通常です。仮にこうした定めがなくても、実質的に本人が営む事業と評価されれば、契約違反や不正競争目的の競業として争われるおそれがあります。形式を変えれば逃れられると考えるのは危険です。
違反したときの責任
競業避止義務に違反した場合、買い手からは差止めや損害賠償を求められる可能性があります。契約によっては、違約金や譲渡対価の一部返還が定められていることもあります。想定されるケースで考えてみます。
- 譲渡対価3,000万円で事務所を売却し、競業避止期間3年・県内・既存依頼者への勧誘禁止と定めた
- 売却から1年後、旧代表が別法人を設立し、譲渡した事務所の主要取引先(年間売上800万円)から受任した
- 買い手は、失った売上に対応する利益だけでなく、譲渡対価の算定根拠(営業利益の何年分か)が崩れたとして損害を主張する
鑑定会社の譲渡対価は、顧客基盤が引き継がれることを前提に営業利益の数年分として算定されるのが一般的です。顧客を持ち帰る行為は、売り手自身が受け取った対価の根拠を壊すことになります。売却を決めたら、その後の関わり方は契約の範囲内に収めるという意識が欠かせません。
売却後の活動の余地を残す交渉の進め方
引退後にやりたいことを先に書き出す
競業避止の交渉は、買い手から条項案が出てきてから考えるのでは遅すぎます。基本合意の前に、売却後にやりたいこと(非常勤で評価を続けたい、講師を続けたい、地元の公的な委員を続けたい、完全に引退したい)を書き出し、意向表明書や基本合意書の段階で伝えておくと、最終契約の条項に反映させやすくなります。
期間と価格はトレードオフになる
買い手にとって、競業避止の期間が長く範囲が広いほど、顧客が流出しない確実性が高まり、価格を出しやすくなります。反対に、売り手が活動の余地を広く残すほど、買い手はリスクを価格や支払条件に反映させます。たとえば、譲渡対価の一部を、顧客の定着を条件とするアーンアウト(譲渡後の業績に応じて追加で支払う仕組み)に回す、といった調整です。活動の自由と価格のどちらを優先するかを、売り手自身が決めておくことが大切です。
なお、競業避止の対価を譲渡対価と別に定める場合、所得の区分や課税の扱いが変わる可能性があります。配分を決める前に、税務上の取扱いは税理士にご確認ください。
表明保証・並走条項とセットで読む
競業避止義務は単独の条項ではなく、並走期間の役割、表明保証(売り手が事業の状態について事実であると保証する条項)、補償の上限と期間などと組み合わさって効いてきます。並走期間を長くするなら競業避止の起算日をいつにするのか、表明保証の補償期間と競業避止の期間をそろえるのか、といった整合性を全体で確認してください(表明保証の論点は売却後も過去の鑑定評価書に責任を負うのかで解説しています)。
専門家への確認
まとめ
競業避止義務は、鑑定会社を売った後に鑑定業を永久に禁じるものではなく、期間・地域・業務範囲を契約で合理的に線引きするための条項です。
要点を振り返ります。
- 事業譲渡は特約がなければ同一・隣接市町村で20年(会社法第21条)、株式譲渡は法律上の義務がなく契約で定める
- 会社法第21条が縛るのは譲渡した会社であり、代表者個人は契約で当事者にされるのが通常
- 期間は顧客と公的評価の担当が移るまでを目安に、並走期間と合わせて3年前後が説明のつきやすい落としどころ
- 地域は市町村より営業圏・取引先名簿で定め、業務範囲は禁止する業務と除外する業務を列挙する
- 期間満了後の再開には鑑定業者の登録を受け直す必要があり、別法人・親族名義での競業は通用しない
- 活動の自由と譲渡価格はトレードオフになるため、売却後にやりたいことを基本合意前に整理しておく
売却後も講師や非常勤として鑑定の仕事に関わりたいオーナー鑑定士の方、条項案を受け取って範囲の広さに戸惑っている方は、まず「売却後に続けたい活動」を一覧にしてみてください。その一覧が、交渉で守るべき線になります。
鑑定会社の売却・承継・買収をご検討の方は、秘密厳守の無料相談をご利用ください。売却後の関わり方を含めた条件の整理からお手伝いいたします。ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちらからどうぞ。
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鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
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