意向表明書には何を書けば通るのか?鑑定会社の買収で価格レンジ・従業員処遇・独占交渉権を書き分ける
鑑定会社の買収で提出する意向表明書には何を書くべきか。基本合意書・LOIとの関係と提出のタイミング、価格をレンジで示す書き方と算定根拠、従業員処遇・屋号・並走期間の書き分け、独占交渉権と法的拘束力の線引きまで、不動産鑑定士が整理します。
トップ面談を終えて手応えがあった。次は意向表明書を出す段階だと言われたが、何をどこまで書けばいいのかわからない。価格は一点で示すべきか、レンジでよいのか。独占交渉権を求めると強欲に見えないか。買い手側のあなたから、この相談をよく受けます。
意向表明書は、条件を並べた事務書類ではありません。売り手が「この相手に事務所を託せるか」を判断する、最初のまとまった材料です。とくに鑑定業界では、売り手の関心は金額よりも、職員が残れるか、屋号が消えないか、依頼者に迷惑がかからないかに向いています。価格だけを大きく書いた意向表明書が、金額で劣る別の一通に負けることは実際に起こります。
一方で、書きすぎれば自分の首を絞めます。デューデリジェンス(買収前に対象会社の実態を調査すること)の前に確定的な約束をすれば、後で減額を申し入れる根拠を失います。私たち鑑定士が、意向表明書に何を書き、何を書かず、どこに法的拘束力を持たせるのかを整理します。
意向表明書とは何か、いつ出すのか
基本合意書・LOI・MOUとの関係
意向表明書は、譲受側が譲渡側に対して「この条件で買収を検討したい」という意思を示す書面です。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版、令和6年8月)は、譲受側が提出した意向表明書に対して譲渡側が応諾書を提出することにより、基本合意とほぼ同様の合意を締結したものとして扱うことがある、と整理しています。
基本合意書は、譲渡側が交渉相手を1社に絞る段階で、その時点の了解事項を確認する書面です。LOI(Letter of Intent)やMOU(Memorandum of Understanding)と呼ばれることもあります。つまり「意向表明書+応諾書」と「基本合意書」は、到達点がほぼ同じで入口が違う、と理解してください。
出すタイミングはトップ面談の後
順序は、ノンネーム情報(社名を特定できない範囲に加工した案件概要)の確認、秘密保持契約(NDA)の締結、企業概要書の受領、質疑、トップ面談、そして意向表明書です。決算書を3期分読み、代表と一度は顔を合わせてから出すのが通常です。
企業概要書を見た直後に価格を書いた書面を送ると、「数字しか見ていない」と受け取られます。鑑定事務所の売上は公的評価・担保評価・民間依頼で性質がまったく違い、売上高だけでは実態が読めません。面談で売上の中身と属人性を確認してから書くほうが、説得力が上がります(マッチングサイトで鑑定会社は見つかるのか)。
省いて基本合意書に進むこともある
譲受側が1社しかいない小規模案件では、書面を二段構えにする実益が乏しく、意向表明書を省くこともあります。ただし譲受候補が複数いるなら出したほうが有利です。比較検討の材料を、自分の言葉で先に渡せるからです。
意向表明書に書く項目を3つのブロックに分ける
譲受側は何者か
冒頭で書くのは価格ではなく、自分が何者かです。商号、所在地、事業内容、資本金、直近の業績規模、代表者の経歴。そして最も重要なのが買収目的です。
「鑑定機能を内製化したい」「隣県へ進出したい」「独立の足がかりにしたい」。目的が具体的なほど、売り手は譲渡後の姿を想像できます。曖昧な書面は、投資目的の転売を疑われます。鑑定業界は狭く、売り手は自分の名前が付いた事務所の行く先を気にしています。
取引の枠組み
次に、株式譲渡か事業譲渡かというスキーム(取引の手法)、譲渡対象の範囲、譲渡希望価額、資金調達の方法、想定スケジュールを書きます。
個人事務所には株式がないため、事業譲渡しか選べません。法人であれば株式譲渡が原則で、法人格が続くので不動産鑑定業者の登録は維持され、変更の届出で足ります。事業譲渡や合併では買い手側の新規登録または事務所追加が必要で、段取りが重くなります。どちらを想定しているかを明記してください。
譲渡後の姿
最後に、役員・従業員の処遇、屋号(商号)の扱い、代表者の引き継ぎ期間、デューデリジェンスの範囲と時期、独占交渉権の希望、法的拘束力の有無と有効期限を書きます。
| 区分 | 書く項目 | 書きすぎない書き方 |
|---|---|---|
| 譲受側の属性 | 商号・事業内容・買収目的 | 具体的に、断定してよい |
| 取引の枠組み | スキーム・価格・資金・時期 | 価格はレンジ、時期は幅で |
| 譲渡後の姿 | 処遇・屋号・並走期間 | 方針は明確に、細目は協議事項に |
鑑定業ならではの一項目を足す
一般的なひな型にはない項目として、専任の不動産鑑定士をどう確保するかの方針を必ず入れてください。不動産の鑑定評価に関する法律第35条は、鑑定業者が事務所ごとに専任の不動産鑑定士を置くことを求めています。
譲受側に鑑定士がいない場合、売り手側の鑑定士が残らなければ事務所は動きません。「残留をお願いしたい」で終えず、残留してもらうための処遇をどう考えているかまで書くと、売り手の警戒は大きく下がります(鑑定士でなくても鑑定会社は買えるのか)。
価格レンジの書き方
一点価格ではなくレンジで示す
意向表明書の段階では、デューデリジェンスを経ていません。一点価格を書けば、後で調査結果を踏まえて下げるときに「言ったことを翻した」と受け取られます。
実務では「1,800万円から2,200万円」のように幅を持たせ、「デューデリジェンスの結果、簿外債務・未払残業・訴訟等が確認された場合は協議のうえ調整する」と添えます。幅が広すぎると誠実さを疑われるので、上限と下限の差は2割程度に収めるのが目安です。
算定根拠を一行添える
レンジの根拠を一行書くだけで、書面の重みが変わります。中小規模のM&Aでは、時価純資産に営業利益の数年分を加える年買法(年倍法)が広く使われます。
たとえば「時価純資産1,200万円に、正常収益力ベースの営業利益400万円の2年分を加えた2,000万円を中心値としました」と書けば、売り手は自分の数字と突き合わせられます。数字の出どころを示さないレンジは、単なる値付けに見えます。
資金調達の裏付けを示す
「自己資金1,000万円、金融機関からの借入1,200万円を予定」といった記載は、売り手にとって安心材料です。鑑定事務所の代表は、条件が整った後に資金が用意できず破談になる展開を恐れています。
金融機関名まで書く必要はありませんが、打診済みか未着手かは正直に書いてください。見栄を張ると、日程が崩れたときに信頼を失います。なお買収対価やのれんの税務上の取扱いは税理士に、契約条項の効力については弁護士にご確認ください。
従業員処遇・屋号・引き継ぎ期間の書き分け
売り手が本当に心配していること
後継者不在で売却を考える代表が最初に気にするのは、自分が採用し育てた職員の行き先です。次が、依頼者との関係を切らずに済むか。屋号を残せるか。価格はその後に来ます。
したがって処遇の項目は、最も具体的に書く価値があります。「雇用を維持する」では足りません。譲渡時点の給与水準を一定期間維持するのか、退職金の通算はどうするのか、就業場所は変えないのか。踏み込めるところまで踏み込んでください(職員の雇用は本当に守れるのか)。
屋号と並走期間は「希望」として書く
屋号の扱いは、売り手の感情に直結します。残す方針なら明記し、統合する方針でも「当面は併記し、時期は協議したい」と書けば、頭ごなしに否定された印象は避けられます。
代表者の引き継ぎ期間も同じです。1年か3年か、常勤か非常勤か、報酬をどう置くか。空欄のまま出すと、売り手は「すぐ切られるのではないか」と読みます。希望を示したうえで、相手の事情を聞く姿勢を添えてください。
公的評価と過去の鑑定評価書に触れる
地価公示や固定資産税標準宅地の評価、競売評価といった公的評価の枠は、会社ではなく鑑定士個人に委嘱・選任されるため、買収しても自動的には付いてきません。
この点を理解していると示すだけで、売り手の評価は上がります。「公的評価の委嘱は個人に帰属するものと理解しており、譲渡後の対応を協議させていただきたい」の一文で十分です。あわせて、過去に発行した鑑定評価書に起因する責任は、表明保証(売り手が会社の状態について真実であると保証する約束)と補償の論点として最終契約で詰める旨を予告しておくと、後の交渉が滑らかになります。
独占交渉権と法的拘束力の線引き
拘束力を持たせる条項・持たせない条項
意向表明書や基本合意書は、全体としては法的拘束力を持たせないのが通常です。価格も処遇もスケジュールも、デューデリジェンスの結果によって動くからです。
ただし一部の条項には拘束力を認めるのが一般的な扱いです。独占交渉権、秘密保持義務、費用の負担、準拠法と管轄。この4つは拘束力ありとし、それ以外は拘束力なしと明記します。書面の末尾に「第◯条から第◯条を除き、本書は法的拘束力を有しない」と一文を置いてください。
| 条項 | 拘束力 | 理由 |
|---|---|---|
| 譲渡価額・処遇・スケジュール | なし | 調査結果で変動する |
| 独占交渉権 | あり | 調査費用を投じる前提 |
| 秘密保持・費用負担・管轄 | あり | 破談時にも効力が必要 |
「拘束力なし」は「守らなくてよい」ではない
独占交渉権の期間の決め方
独占交渉権は、譲渡側が一定期間、他の候補と交渉しないという約束です。譲受側にとっては、デューデリジェンスの費用と時間を投じる前提条件にあたります。
期間は、デューデリジェンスから最終契約までに必要な日数から逆算します。鑑定会社では決算書の精査に加えて鑑定士の在籍状況、公的評価の委嘱状況、過去案件の品質管理体制まで見る必要があり、2〜3か月程度を置く例が実務では多く見られます。長すぎる期間は「時間を拘束されるだけ」と受け取られます。自動更新条項より、延長は協議によるとしたほうが通りやすいと考えます(鑑定会社のM&Aは何か月かかるのか)。
破談時の費用負担
デューデリジェンスの費用は譲受側の負担とするのが通常で、破談になっても秘密保持義務と情報の返還・廃棄義務は残ります。
中小M&Aガイドライン(第3版)は、仲介者やFA(ファイナンシャル・アドバイザー。一方の当事者に付く助言役)に、契約締結前の業務範囲・報酬体系の明示を求めています。手数料の発生条件が基本合意の時点か、最終契約の締結時か、クロージング(代金決済と引渡しの完了)かは、支援機関との契約書で必ず確認してください。当社は完全成功報酬で、着手金・中間金はいただきません(手数料ページ)。
想定されるケース:2通の意向表明書
数字で勝った側が選ばれなかった場面
想定されるケースとして、鑑定士2名・年商4,500万円の地方の鑑定法人に、2社から意向表明書が届いた場面を考えます。数値は例示です。
A社は不動産会社で、譲渡価額2,400万円の一点価格を提示。処遇欄は「雇用は維持します」の一行、屋号は統合、並走期間の記載なし。
B社は鑑定士1名を擁する買い手法人で、譲渡価額1,900万円から2,200万円のレンジを提示。時価純資産に営業利益2年分を加えた算定根拠と、自己資金・借入の内訳を記載。職員3名の給与水準を2年間維持すること、屋号を当面併記すること、代表に非常勤で2年の並走を依頼したいこと、公的評価の委嘱は個人帰属と理解していることを書きました。
何が差になったか
売り手が応諾したのはB社でした。差額500万円を上回る判断材料が、書面の中にあったからです。
- 価格の算定根拠が示され、後から大きく下げられる不安が小さい
- 職員の処遇が期間と水準で具体的に書かれている
- 専任の不動産鑑定士を自社で配置できるため、事務所が止まらない
- 公的評価の性質を理解しており、実態を見ていることが伝わる
A社の一点価格は、デューデリジェンスの後に減額される懸念を売り手に抱かせました。意向表明書は、価格を競う場ではなく、理解度を示す場です。ここを取り違えないでください(決算書だけで鑑定会社を買ってよいのか)。
まとめ
意向表明書は、条件を並べる事務書類ではなく、売り手が譲渡後の姿を想像するための材料です。価格はレンジと算定根拠で示し、処遇・屋号・並走期間は踏み込んで書き、独占交渉権と秘密保持には拘束力を持たせる。この書き分けで選ばれる確率は変わると断言します。
要点を振り返ります。
- 意向表明書に譲渡側が応諾書を返すことで、基本合意とほぼ同様の合意として扱われることがある(中小M&Aガイドライン第3版)
- 提出はトップ面談の後。決算書の数字だけでなく、売上の中身と属人性を確認してから書く
- 価格は一点ではなくレンジで、上下の差は2割程度。年買法などの算定根拠と資金調達の内訳を添える
- 処遇は「雇用維持」の一行で終えず、水準・期間・就業場所まで具体化する
- 鑑定業固有の項目として、専任の不動産鑑定士(法第35条)の確保方針と、公的評価が個人に帰属する点への理解を書く
- 法的拘束力は、独占交渉権・秘密保持・費用負担・管轄のみに限定し、その旨を明記する
- 独占交渉権の期間はデューデリジェンスから最終契約までの所要日数から逆算し、2〜3か月程度を置く例が多い
鑑定会社の買収を検討している経営者のあなた、鑑定機能を自社に取り込みたい企業のあなたへ。意向表明書の一通で交渉が進むか止まるかが決まります。私たちは鑑定会社に特化したM&A仲介として、買収ニーズの登録から候補先の探索、書面の内容整理、条件交渉までを支援します。書きかけの一通の点検だけでもご相談ください。
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鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する
相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。
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