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鑑定会社M&Aの基礎読了 約11

鑑定会社のM&Aは何か月かかるのか?相談から成約までの標準スケジュールと、着手を避けたい3つの時期

鑑定会社のM&Aは無料相談から成約まで6か月〜1年、引き継ぎまで含めれば2〜3年です。9つの工程それぞれの標準所要と、期間の半分を占める待ち時間の正体を月単位で分解します。あわせて地価公示・地価調査・固定資産税評価の年度サイクルから、トップ面談やデューデリジェンスを重ねてはいけない時期を鑑定士が整理します。

「そろそろ引退を考えているが、いつ動き出せばよいのか分からない」。鑑定会社の売却を検討される代表の方から、最も多くいただくご質問です。売却そのものより、時間の見通しが立たないことが、一歩を踏み出せない理由になっています。

不安の中身は、たいてい二つに分かれます。「思ったより時間がかかり、体力が続かないのではないか」という懸念と、「地価公示や固定資産税の仕事を抱えたまま交渉などできるのか」という鑑定業界ならではの心配です。前者は工程を月単位で分解すれば見通せますし、後者は公的評価の年度サイクルから逆算すれば解けます。

この記事では、相談から成約・引き継ぎまでを月単位で分解し、各工程の所要とどこで待ち時間が生まれるのかを整理します。あわせて、公的評価を受託する事務所が「この時期に重い工程を置くと止まる」という現実的な注意点も、私たち鑑定士の立場からお伝えします。

相談から成約まで、標準は6か月〜1年

全体像を先に押さえる

まず結論から申し上げます。無料相談から最終契約の締結(クロージング)までは、通常6か月〜1年です。そこから顧客・公的評価・職員の引き継ぎ(PMI=Post Merger Integration、統合後の引き継ぎ実務)が1〜2年続きますので、「相談してから完全に手を離れるまで」で見れば2〜3年の取り組みになります。

この長さに驚かれる方もいますが、内訳を見れば納得いただけるはずです。全体の期間のうち実際に手を動かしている時間はおよそ半分で、残りは相手の返事を待つ時間、先方の社内決裁が回る時間、季節要因で日程が取れない時間です。短縮の余地があるのは前半の準備工程であって、中盤の相手探しではありません。

9つの工程と標準所要

当社では、相談から引き継ぎまでを9つの工程に分けています。各工程の標準所要と、遅れが生じやすい要因を並べると次のとおりです。

工程標準所要遅れやすい要因
1. 無料相談30〜60分日程調整のみ
2. 秘密保持契約・現状分析2〜3週間決算書・受注一覧の準備
3. 企業価値の目安と方針提案1〜2週間役員報酬の正常化に要する確認
4. 仲介契約の締結1週間契約内容の検討時間
5. ノンネームシート作成・打診1〜3か月買い手候補の関心表明待ち
6. 企業概要書の開示・トップ面談1〜2か月代表同士の日程調整
7. 基本合意・デューデリジェンス1〜2か月資料の追加要請、専門家の稼働
8. 最終契約・クロージング1か月決済・登記・届出の段取り
9. 引き継ぎ(PMI)1〜2年顧客訪問と公的評価の年度サイクル

工程1から4までは、合計しても1〜2か月です。ここは売り手側の準備次第でほぼコントロールできます。時間が読めないのは工程5と6、つまり相手探しと面談の局面です。各工程の詳細は「M&Aの流れ」に一覧で掲載しています。

「待ち時間」がスケジュールの半分を占める

たとえば工程5のノンネームシート(会社名を伏せ、地域・規模・業務構成だけを記載した匿名の概要書)による打診では、送付してから関心表明が返るまで2〜6週間かかることが珍しくありません。買い手側にも社内での検討が必要だからです。この待ち時間は、売り手が急かして縮まるものではありません。「半年で終わるつもりが1年かかった」と感じる方の多くは、待ち時間を計算に入れていなかっただけで、実際には標準どおりに進んでいます。

前半の1〜2か月:相談から仲介契約まで

第1〜3週:無料相談と現状分析

最初の30〜60分の無料相談では、事務所の概要、業務の構成、代表の引退希望時期、職員の処遇に関するお考えを伺います。この段階で会社名を伏せたままでも構いません。何を聞かれ、何を用意すればよいかは「M&Aの無料相談では何を聞かれるのか」で整理しています。

進める意思が固まった段階で秘密保持契約を締結し、直近3期の決算書、依頼目的別の受注一覧、公的評価の受託一覧、鑑定士・職員の一覧をお預かりします。ここに2〜3週間。資料がそろっていれば1週間、探すところから始めるなら1か月かかります。前半の所要を決めるのは、ほぼ資料の準備状況です。

第4〜8週:価値の目安・方針提案・仲介契約

現状分析が終わると、譲渡価額の目安レンジ、株式譲渡と事業譲渡のどちらを軸にするか、想定される買い手像をまとめてご提案します。ここに1〜2週間。ご納得いただけたら仲介契約を締結します。締結前には、手数料の算定基準・料率表・最低報酬・売り手と買い手の双方から手数料を受領する仲介であること・担当者の資格を書面でご説明します。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版、令和6年8月)」が仲介者に求める事項です。手数料は完全成功報酬で、譲渡価額2,000万円以下は一律150万円(税別)と手数料のページに公開しています。

ここまでで、順調なら相談から2か月弱です。裏を返せば、「今すぐ売りたい」と思ってから動き始めても、買い手に打診できるのは2か月後ということでもあります。

中盤の3〜6か月:相手探しとトップ面談

打診から関心表明まで1〜3か月

ノンネームシートを、買い手登録者・鑑定士ネットワーク・士業ネットワークへ打診します。開示先は事前に売り手と合意したうえで進めますので、狭い業界でも情報を管理できます。この考え方は「売却を誰にも知られずに進められるか」で詳述しています。

打診から関心表明までは1〜3か月。幅が出るのは、事務所の特性によって候補の母集団が変わるからです。地価公示や固定資産税評価を安定して受託している事務所は関心が集まりやすく、逆に代表個人の人脈に売上が依存している事務所は、買い手が慎重になるぶん時間がかかります。

面談から基本合意まで1〜2か月

関心を示した候補と秘密保持契約を結び、企業概要書を開示したうえで、代表者同士のトップ面談を行います。ここで確認するのは金額よりも、経営方針・引き継ぎの進め方・職員の処遇に関する考え方の一致です。

面談は1回では終わりません。初回で相性、2回目で具体的な条件、3回目で最終の意向確認、と進むのが一般的です。売り手・買い手のどちらも現役の実務家ですから、日程を月1回しか押さえられないことも多く、これが1〜2か月を要する主因です。

この時期に急がないでください

交渉が長引くと「早く決めてしまいたい」という気持ちが働きます。しかし面談段階で職員の処遇や並走期間の条件を詰め切らないまま基本合意に進むと、成約後にひずみが出ます。並走期間の設計は「売却後も働けるのか」をご覧ください。

後半の2〜3か月:調査・最終契約・登録手続

デューデリジェンスは1〜2か月

基本合意書で譲渡価額・スキーム・スケジュールの骨格を固めたのち、買い手による調査(デューデリジェンス)が入ります。財務・法務に加え、鑑定会社では専任の不動産鑑定士の配置、公的評価の受託状況、過去の鑑定評価書の品質管理体制といった業界固有の論点が調査対象になります。

この工程は、売り手が追加資料を出す速さで所要が変わります。求められた資料を1週間で出せる事務所と1か月かかる事務所では、そのまま差が出ます。

クロージングと鑑定業者登録の手続

最終契約の締結、譲渡代金の決済、登記、そして不動産鑑定業者登録に関する届出を行います。株式譲渡であれば法人格が続くため登録自体は継続しますが、役員や事務所に変更が生じれば不動産の鑑定評価に関する法律第22条の変更の届出が必要です。事業譲渡で新たに事務所を開設する場合は、各事務所に専任の不動産鑑定士を置く第35条の要件を満たしたうえで新規登録を行い、旧法人が業務を廃止するときは第29条の届出を行います。

**この届出の段取りを誤ると、登録の空白期間が生じて受託中の案件が止まります。**手続の順序は「鑑定業者登録はM&Aでどうなる?」で工程順に整理していますので、クロージングの1〜2か月前には目を通しておくことをお勧めします。

着手を避けたい3つの時期:公的評価の年度サイクル

鑑定事務所には固有の繁忙期がある

ここからが、一般的なM&Aの解説には出てこない鑑定会社固有の論点です。公的評価を受託している事務所には、明確な繁忙期があります。

評価の種類価格時点鑑定士側の作業が集中する時期
地価公示1月1日前年10月〜翌年2月(実地調査・評価・分科会)
都道府県地価調査7月1日5月〜8月
相続税路線価の標準地評価1月1日前年夏〜秋
固定資産税の標準宅地評価基準年度ごと基準年度の前年〜当年(3年周期)

地価公示は毎年3月下旬に、都道府県地価調査は9月下旬に公表され、相続税路線価の公表は7月1日です。この結果、代表鑑定士の時間が最も取りにくいのは実地調査から取りまとめが続く10月〜2月、次いで地価調査の作業期にあたる6月〜8月となります。逆に比較的動きやすいのは、公示の公表が済んだ3月下旬〜5月と、地価調査の公表後の9月です。

避けたいのは「着手」ではなく「重い工程の同時進行」

避けるべきなのは無料相談や現状分析の着手ではありません。それらは繁忙期でも進められます。避けたいのは、代表の時間を大量に要求する次の3つを繁忙期に重ねることです。

  1. トップ面談(工程6):先方の代表と複数回、半日単位で時間を取る必要があります。地価公示の実地調査が本格化する11月〜12月に置くと、日程が1か月単位で後ろにずれます
  2. デューデリジェンス対応(工程7):追加資料の要請が断続的に来ます。分科会・幹事会が続く1月〜2月に重なると、応答が滞って買い手の熱量が下がります
  3. クロージングと引き継ぎ開始(工程8・9):顧客への挨拶回りや評価員の交代手続が集中します。公的評価の担当は年度単位で動くため、引き継ぎの本格開始は年度の区切りか公表期の直後に置くのが自然です

令和9年度の評価替えを控えた今期の注意

固定資産税評価は3年ごとの基準年度制で、次の評価替えは令和9年度です。標準宅地の鑑定評価は令和8年1月1日を価格調査基準日とし、令和8年7月1日時点への時点修正が行われます。つまり令和8年(2026年)は、固定資産税評価を受託する事務所にとって3年に一度の山場にあたります。

想定されるケース:繁忙期を避けて逆算する

代表が70歳、地価公示と固定資産税評価を受託する地方の個人事務所を想定します。令和8年9月に無料相談を開始し、現状分析・提案・仲介契約を11月までに終えます。打診は11月〜翌2月に置きます。この間、代表の稼働はほぼ不要ですから、公示の実査と取りまとめに専念できます。公表が済んだ令和9年3月下旬〜5月にトップ面談と基本合意を集中させ、6月〜7月のデューデリジェンスは地価調査の作業と重なるため、要求されそうな資料を5月中にそろえておきます。8月に最終契約とクロージング、引き継ぎの本格開始は地価調査の公表後の秋から。相談開始から成約まで約11か月です。繁忙期を避けた結果として標準の上限に近づきますが、本業が止まらないという点で現実的な組み方です。

このように、公的評価の比重が高い事務所ほど、「いつ成約したいか」から逆算して着手時期を決める必要があります。公的評価そのものが承継できるかどうかは種類によって異なりますので、「地価公示・固定資産税評価・競売評価は引き継げるのか」もあわせてご確認ください。

遅れる要因と、短縮できる工程

遅れの典型3パターン

標準より長くかかる事務所には、共通する傾向があります。

  • 資料が整っていない:依頼目的別の受注一覧や公的評価の受託一覧が未整理だと、工程2だけで1か月以上かかり、以降の全工程が後ろにずれます
  • 希望条件が固まっていない:「価格次第」「職員のことは相手に任せる」という状態で打診に入ると、面談後の条件交渉で振り出しに戻ります
  • 代表以外に全体像を説明できる人がいない:資料要請にすべて代表が対応することになり、繁忙期と重なると一気に停滞します

短縮できるのは準備工程だけ

期間を縮めたい場合、手を入れられるのは工程1〜4と工程7の資料対応だけです。相談前に直近3期の決算書と受注一覧をそろえ、引退希望時期と職員の処遇について自分なりの結論を出しておく。この2点で1〜2か月は変わります。

一方、工程5・6の相手探しと面談を急ぐと、候補を絞り込みすぎたり、条件のすり合わせが不十分なまま基本合意に進んだりして、成約後のひずみにつながります。ここは急がないと断言します。

ご確認ください

この記事で述べた税務・法務に関する記述は、一般的な枠組みの説明にとどまります。譲渡所得の課税、退職金の扱い、契約条項の解釈など、個別の判断が必要な事項については税理士・弁護士にご確認ください。

まとめ

鑑定会社のM&Aは、無料相談から成約まで6か月〜1年、引き継ぎまで含めれば2〜3年の取り組みです。この長さは、待ち時間と公的評価の年度サイクルを織り込めば十分に見通せます。要点を振り返ります。

  • 相談から成約までの標準は6か月〜1年。うち前半(相談・分析・提案・仲介契約)は1〜2か月で、残りの大半は相手探しと交渉に費やされます
  • 期間の約半分は、買い手の検討や社内決裁を待つ時間です。急かして縮まるものではないため、最初から織り込んで計画します
  • 鑑定事務所の繁忙期は10月〜2月と6月〜8月。トップ面談・デューデリジェンス・クロージングという重い工程をここに重ねないよう逆算します
  • 令和8年は令和9年度の固定資産税評価替えに向けた作業が走る年です。固定資産税評価を受託する事務所はとくに、成約時期から逆算した着手が必要です
  • 短縮できるのは資料準備と希望条件の整理まで。相手探しと面談を急ぐと、成約後にひずみが出ます

引退の時期をおおよそ決めている代表鑑定士の方、事業拡大のために事務所の取得を検討されている買い手の方は、**「その時期に間に合わせるには、いつ動き始めるべきか」**を一度ご一緒に逆算してみませんか。年度サイクルを前提にした具体的な工程表を、その場でお示しします。

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。
吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

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