本文へスキップ
鑑定会社M&Aの基礎読了 約8

鑑定会社のM&Aで起きがちな失敗5つとは?専任鑑定士の離職から情報漏えいまで、「想定されるケース」で学ぶ防ぎ方

鑑定会社のM&Aで起きがちな5つの失敗(専任鑑定士の離職で登録要件を欠く、地価公示評価員を引き継げると誤解する、代表が並走せず顧客が離れる、手数料倒れ、情報漏えいで職員・顧客が動揺する)を「想定されるケース」として描き、それぞれの原因と防止策を整理します。売り手・買い手のどちらにも役立つチェック観点です。

「契約書に判を押した瞬間がゴール」ではありません。鑑定会社のM&Aでは、成約後に登録要件を欠いたり、引き継げると思っていた公的評価が引き継げなかったり、顧客が静かに離れていったりと、契約後にこそ失敗が表面化します。

鑑定業は、登録制度・公的評価・依頼者との信頼関係という三つの柱の上に立っています。一般の事業会社のM&Aの常識をそのまま持ち込むと、この三つの柱のどこかで足を踏み外します。この記事では、私たち鑑定士の立場から、起きがちな失敗を5つ挙げ、それぞれを「想定されるケース」として描いたうえで、防ぎ方を整理します。

登録要件と公的評価をめぐる失敗(失敗①・②)

失敗①:専任鑑定士が離職して登録要件を欠く

想定されるケース:首都圏の不動産会社が、鑑定士2名の法人を株式譲渡で取得しました。買い手側に鑑定士はおらず、2名の残留を前提に買収しましたが、成約後まもなく1名が「親会社の方針が合わない」と退職。残る1名も転職活動を始め、事務所ごとに専任の不動産鑑定士を置くという要件(第35条)を欠く寸前まで追い込まれました。

なぜ起きるか:鑑定業者の登録は法人に付きますが、その登録を支えているのは専任鑑定士という「人」です。株式譲渡で法人格が続いても、人が去れば登録要件は崩れます。要件を欠いた場合は2週間以内の是正措置が必要で、代替の鑑定士を2週間で確保するのは現実的ではありません。

防ぎ方

  • 買収の前に、専任鑑定士本人と直接面談し、買収後の処遇・裁量・報酬を書面で合意する
  • 譲渡契約に、専任鑑定士の一定期間の在籍を前提とした条件(在籍が維持されない場合の対価調整など)を盛り込む
  • 売り手側も、鑑定士の意向を早い段階で確認し、「残るつもりがない」なら買い手に事前に伝える
  • 買い手が鑑定士でない場合の要件と独立性の論点は「鑑定士でなくても鑑定会社は買えるのか」で整理しています

失敗②:地価公示評価員が引き継げると誤解する

想定されるケース:地方都市の個人事務所を、隣県の鑑定会社が事業譲渡で取得しました。買い手は「地価公示の地点○点、固定資産税評価○市」を売上の柱として価格を算定しましたが、成約後に地価公示評価員は個人として委嘱されるため会社には紐づかないこと、固定資産税評価も自治体との契約で自動的には移らないことを知り、想定した売上の半分が引き継げない事態になりました。

なぜ起きるか:一般の事業会社のM&Aでは「契約は法人に付く」が常識ですが、公的評価はこの常識が通用しません。地価公示評価員は個人への委嘱、固定資産税評価は自治体との契約、競売評価人は裁判所の選任で、承継可否はそれぞれ個別に確認が必要です。

防ぎ方

  • 公的評価は種類ごとに「誰に紐づいているか」「引き継ぐには何が必要か」を、価格算定の前に確認する
  • 地価公示は、買い手側の鑑定士が評価員として認められることを前提に、売り手の並走期間中に分科会・自治体への顔つなぎを計画に組み込む
  • 公的評価の売上を価格に織り込む場合は、承継が確認できた分だけを織り込む、または承継の成否に応じて対価を調整する条件を検討する
  • 承継可否の整理は「公的評価は引き継げるのか」をご覧ください

顧客と収益をめぐる失敗(失敗③・④)

失敗③:代表が並走せず顧客が離れる

想定されるケース:都内の鑑定士3名の法人(代表60代、金融機関の担保評価と相続案件が中心)を中堅鑑定会社が株式譲渡で取得しました。代表は「成約したのだから」と成約直後に完全引退。金融機関の担当者は新しい担当鑑定士を知らず、次の担保評価の依頼は別の事務所へ。相続案件を紹介していた税理士も、「先生がいなくなったなら」と紹介を止めました。1年後、売上は成約前の6割に落ち込みました。

なぜ起きるか:鑑定会社の顧客は「会社」ではなく「代表個人」に依頼しています。買い手が引き継いだのは法人格と職員であって、信頼はまだ移っていません。信頼は、旧代表が新代表を紹介し、一緒に案件をこなす時間の中でしか移りません。

防ぎ方

  • 並走期間(成約後に旧代表が一定期間業務に残る期間)を1〜3年で設定し、契約に明記する
  • 並走期間中の役割(顧客紹介・案件の共同担当・公的評価の顔つなぎ)と報酬を具体的に決める
  • 主要顧客ごとに「誰が、いつ、どう紹介するか」の一覧を作り、進捗を売り手・買い手で共有する
  • 売り手側は、成約前から代表以外の職員が顧客対応できる体制を作り、属人性を下げておく。考え方は「属人性を測り、減らし、並走で吸収する方法」をご覧ください

並走期間の設計と報酬の決め方は「売却後も働けるのか?並走期間の設計」で詳しく整理しています。

失敗④:手数料倒れ

想定されるケース:売上約1,500万円の個人事務所の代表が、一般的なM&A仲介会社に相談しました。提示された最低手数料は数百万円。年買法の目安で見た譲渡対価が数百万円から1,000万円程度のレンジだったため、成約しても手取りがほとんど残らない、場合によっては手数料が対価を上回ることが分かり、検討そのものを止めました。

なぜ起きるか:一般的なM&A仲介の最低報酬は500万〜2,500万円程度とされ、譲渡価額が数千万円以上の案件を前提に設計されています。小規模な鑑定事務所は、士業事務所の常として純資産が小さく、価格は営業利益の1〜3年分+αで語られることが多いため、この料金体系とは規模が合いません。

防ぎ方

  • 仲介契約の前に、手数料の算定基準・料率・最低手数料・売り手と買い手の双方から受領するか・担当者の資格を書面で確認する。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版、令和6年8月)」も、仲介者・FAにこれらの書面説明を求めています
  • 想定される譲渡対価のレンジと最低手数料を並べ、手取りがどれだけ残るかを先に計算する
  • 当社の手数料は完全成功報酬で、譲渡価額2,000万円以下は一律150万円(税別)です。詳細は「手数料」をご覧ください

注意

手数料の比較は「率」だけでなく「最低額」で行ってください。料率が低く見えても、最低手数料が高ければ小規模案件では最低額が適用されます。また、税引後の手取りは譲渡の形(株式譲渡か事業譲渡か)で変わります。具体的な税額は税理士にご確認ください。

情報管理をめぐる失敗(失敗⑤)

失敗⑤:情報漏えいで職員・顧客が動揺する

想定されるケース:ある鑑定会社の代表が、買い手候補の鑑定会社の代表と直接会って売却の話を進めていました。買い手側が社内で「あの事務所を買う」と共有したところ、業界の集まりで話が広がり、売り手の職員が第三者から売却の噂を聞く事態に。職員2名が転職活動を始め、金融機関からも「事務所はどうなるのか」と問い合わせが入りました。買い手も「職員が残らない事務所なら」と条件を下げ、交渉は難航しました。

なぜ起きるか:鑑定業界は狭く、県内の鑑定士は互いに顔を知っています。秘密保持契約なしに具体的な話をした瞬間、情報は制御できなくなります。とくに売り手が自ら買い手候補と直接話す「相対交渉」では、誰に何を話したかの管理が難しくなりがちです。

防ぎ方

  • 買い手候補への打診は、会社名を伏せたノンネームシート(地域・規模・業務構成だけを記載した概要書)から始め、関心を示した候補と秘密保持契約を結んでから名前を開示する
  • 秘密保持契約には、買い手側の社内で情報を共有できる範囲(役員・担当者に限定するなど)を明記する
  • 職員への開示は、条件が固まった段階で、代表本人から、雇用維持の内容と一緒に伝える。伝え方は「職員の雇用は本当に守れるのか」で整理しています
  • 連絡には事務所のメールや共有予定表を使わない

情報管理の実務は「売却を誰にも知られずに進められるか」で詳しく整理しています。

5つの失敗を防ぐ共通の原則

「契約前に確認する」を徹底する

5つの失敗を並べると、共通点が見えてきます。いずれも「契約後に気づいた」失敗で、契約前の確認で防げるものです。

失敗主に責任を負う側契約前に確認すること契約に盛り込むこと
①専任鑑定士の離職買い手鑑定士本人の意向・処遇在籍を前提とした条件
②公的評価の誤解買い手・売り手双方種類ごとの承継可否承継成否に応じた対価調整
③代表が並走しない売り手並走の期間・役割・報酬並走条項
④手数料倒れ売り手最低手数料と対価レンジ仲介契約の手数料条項
⑤情報漏えい双方・仲介者開示範囲と順序秘密保持契約

買い手側の確認項目は「財務諸表に出ない10のデューデリジェンス項目」で、決算書に表れない論点を中心に整理しています。デューデリジェンス(買収前に対象会社の実態を調査する手続)で①〜③を確認し、仲介契約と秘密保持契約で④・⑤を防ぐ。これが鑑定会社M&Aの基本形です。

ポイント

失敗の多くは、売り手・買い手のどちらかが「一般のM&Aの常識」で動いたときに起きます。鑑定業の登録制度と公的評価の仕組みを理解した相手と進めることが、最も確実な防止策です。

まとめ

  • 失敗①②は登録要件と公的評価の仕組みを誤解することから起き、契約前の本人面談と種類別の承継確認で防げます
  • 失敗③は並走期間の設計不足から起き、期間・役割・報酬を契約に明記して防ぎます
  • 失敗④は小規模事務所と一般的な仲介の料金体系の不一致から起き、最低手数料の事前確認で防げます
  • 失敗⑤は狭い業界での情報管理の甘さから起き、ノンネームシートと秘密保持契約の順序を守って防ぎます
  • 法律上の判断は弁護士に、税務は税理士にご確認ください

売却・買収のどちらの立場でも、「M&Aの流れ」と「想定されるケース」で全体像をご確認のうえ、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちら

  • #M&Aの失敗
  • #専任鑑定士
  • #地価公示評価員
  • #並走期間
  • #情報漏えい
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。
吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する

相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。

関連記事

買収の実務

決算書だけで鑑定会社を買ってよいのか?財務諸表に出ない10のデューデリジェンス項目

鑑定会社の価値は決算書に表れません。依頼目的別の売上構成、上位顧客集中度、公的評価の承継可否、専任鑑定士要件、鑑定評価書の賠償リスク、代表への依存度など、買収前に確認すべき財務諸表に出ない10項目を、不動産鑑定士がチェックリスト形式で整理します。

読了 約6

買収の実務

鑑定士でなくても鑑定会社は買えるのか?不動産会社・士業法人が押さえるべき専任鑑定士要件と独立性のルール

不動産会社・税理士法人・金融系企業が鑑定会社を買収する際の要点を整理。専任鑑定士要件(第35条)、鑑定士離職で登録要件を欠くリスクと残留インセンティブ、グループ内案件の受任ルールと利害関係の開示、内製化のメリットと限界を不動産鑑定士が解説します。

読了 約6

売却・承継の実務

職員の雇用は本当に守れるのか?鑑定事務所の売却で盛り込むべき雇用条件の作り方

鑑定事務所を売却するとき、長年支えてくれた職員の雇用をどう守るか。株式譲渡と事業譲渡での雇用契約の違い、雇用維持条項と処遇維持期間、退職金の扱い、告知の順序と面談、キーパーソンの残留インセンティブまで、契約に落とし込む方法を不動産鑑定士が整理します。

読了 約6

Confidential Consultation

まずは、秘密厳守の無料相談から

「売れるのか知りたい」「まだ迷っている」「相場だけ聞きたい」。そんな段階のご相談こそ歓迎です。会社名を伏せたままでも構いません。同業の鑑定士が、率直に見通しをお伝えします。

受付: 平日 9:00〜18:00(メール・フォームは24時間)/30分のオンライン相談をカレンダーから予約

電話で相談秘密厳守で無料相談