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鑑定会社の損害賠償リスクは売却価格をいくら下げるのか?訴訟履歴の見積り方と賠償責任保険の遡及日

クレームや訴訟の履歴は鑑定会社の売却価格をどれだけ下げるのか。鑑定の損害賠償リスクを期待損失で見積もる数値例、減額・特別補償・エスクローの使い分け、賠償責任保険の引き継ぎで確認する請求ベース・遡及日など5項目を不動産鑑定士が整理します。

鑑定会社の売却相談で、決算書の説明が一段落したあとに声が小さくなるのが、鑑定の損害賠償リスクの話です。「5年前に依頼者ともめた案件がある」「いま金融機関から評価額について説明を求められている」。こうした履歴があると事務所の値段がつかなくなるのではないか、と不安に思われるのは自然なことです。買い手の側も、過去の案件に起因する請求をどこまで背負うことになるのかが読めず、判断を先送りしがちです。

先に結論を申し上げます。クレームや訴訟の「履歴があること」自体で価格が大きく下がるわけではありません。価格に効くのは、未解決の請求がどれだけ残っているか、そしてそれが賠償責任保険で填補されるかどうかです。保険で手当てされない部分は「期待損失」として金額に置き換え、減額・特別補償・エスクローのいずれかで売り手と買い手が分担する。これが実務の型です。

ここでは、訴訟リスクを価格に織り込む見積り方を数値例で示したうえで、見落とされやすい賠償責任保険の確認ポイント(被保険者、請求ベース、遡及日)を、私たち鑑定士の視点で整理します。

鑑定の損害賠償リスクは、M&Aのどこに現れるのか

鑑定評価書は「後から争われる」成果物

鑑定評価書は、交付した時点では誰も結果を知らない判断を記した成果物です。担保評価なら借り手の返済が滞り、担保を処分した段階で。相続や遺産分割、離婚の財産分与なら、税務調査や調停・審判の場で。価格の妥当性は、交付から何年も経ってから改めて問われます。

請求の根拠になるのは、依頼者との関係では債務不履行(民法第415条)、依頼者以外の第三者との関係では不法行為(民法第709条)です。鑑定業者は、法人であれば法人として責任を問われます。つまり鑑定会社の売買では、過去に交付した鑑定評価書の「将来の火種」を、誰が、いくらまで引き受けるかを決めなければなりません。

解決済みのクレームと、未解決の請求は別物

買い手がデューデリジェンス(買収監査。財務・法務・業務の実態を調べる手続)で聞くのは、おおむね次の3種類です。

  • 解決済みのクレーム:説明や再計算で決着し、支払いのなかったもの
  • 解決済みの紛争:和解金や賠償金を支払って終わったもの
  • 未解決の請求:交渉中・調停中・訴訟中、または請求のおそれがあるもの

このうち価格の算定に直接入るのは、原則として3つ目だけです。解決済みの履歴は、金額としては引かれません。買い手が見ているのは、同じ原因の請求が繰り返されていないか、審査体制で再発を防いでいるかという「管理の質」です。履歴を正直に出し、原因と対策を説明できる事務所のほうが、何も出てこない事務所より信頼されることも珍しくありません(決算書だけで鑑定会社を買ってよいのか?)。

株式譲渡と事業譲渡で、責任の行き先が変わる

株式譲渡では法人がそのまま移るため、過去の業務に起因する請求は法人、つまり買い手の傘下に残ります。買い手が表明保証や補償を厚く求めるのはこのためです(売却後も過去の鑑定評価書に責任を負うのか?)。

事業譲渡では、契約で引き継ぐと定めた債務以外は売り手に残るのが原則です。売り手は事業を手放したあとも、過去の業務について請求を受ける立場が続きます。なお、譲受側が売り手の商号を続けて使う場合には、譲渡した側の債務について譲受側も弁済責任を負いうる定め(会社法第22条第1項)があり、屋号を引き継ぐときは対応が必要です。具体的な責任の所在は弁護士にご確認ください。

訴訟リスクを価格に織り込む見積り方

期待損失=発生の可能性×想定支払額+応訴費用

未解決の請求を価格に反映させるときは、請求額をそのまま差し引くのではなく、期待損失(将来の支払いを見込みで金額にしたもの)に置き換えます。

期待損失 = 支払いに至る可能性 × 想定支払額 + 応訴費用 − 保険で填補される額

請求額は相手方の言い値であり、満額を引くと過大です。一方で、ゼロとみなすのは楽観的すぎます。支払いに至る可能性と想定支払額は、担当弁護士の見立て、同種事案の和解水準、評価の根拠資料が残っているかどうかで変わります。私たち鑑定士の立場で付け加えるなら、当時の鑑定評価が不動産鑑定評価基準に沿った手順で作られ、その根拠資料が保存されているかは、可能性の見立てを大きく左右します。

想定されるケース:2,500万円の請求を抱えた事務所

年買法(純資産に営業利益の1〜3年分を加えて見積もる方法)で算定した基準価格が7,000万円の鑑定会社を想定します。6年前に交付した担保評価について、金融機関から2,500万円の損害賠償請求を受け、交渉中です。担当弁護士の見立ては、支払いに至る可能性40%、支払う場合の水準は和解で1,200万円程度、応訴費用は300万円とします。

前提保険で填補保険の対象外
想定支払額1,200万円1,200万円
応訴費用300万円300万円
自己負担免責金額50万円全額
期待損失約50万円780万円

保険の対象外であれば、期待損失は0.4×1,200万円+300万円=780万円です。基準価格7,000万円の1割強にあたります。同じ請求でも、保険で填補される場合は影響が免責金額(自己負担額)程度にとどまります。保険が効くかどうかで、価格への影響は10倍以上違うということです。なお、この計算は応訴費用と賠償金の双方が保険で支払われる前提の単純化した例で、実際の補償範囲は契約内容によります。

減額・特別補償・エスクローの使い分け

期待損失を誰が負担するかは、3つの方法から選びます。

方法売り手の受取り向く場面
減額6,220万円で確定見立てが固まっている
特別補償7,000万円、支払い時に返金結果の振れ幅が大きい
エスクロー1,000万円を留保し結果で精算買い手が回収を不安視

減額は、期待損失を価格から差し引いて終わらせる方法です。売り手は手取りが確定し、結果がどうなっても追加の負担はありません。特別補償(特定の事案に限って、表明保証の上限や期間とは別枠で補償する約束)は、満額を受け取ったうえで、実際に支払いが生じたときに売り手が負担する方法です。請求が退けられれば売り手の得になりますが、上限を決めておかないと負担が読めません。エスクロー(代金の一部を第三者や別口座に留保し、結果に応じて精算する仕組み)は、特別補償の支払いを確実にする手段で、留保期間を請求の見通しに合わせて設定します。

どれが正解ということはありません。ただ、引退を前に「もう心配ごとを持ち越したくない」と考える売り手には減額が、「請求は退けられる」と見込む売り手には特別補償が向きやすいと感じています。

賠償責任保険の引き継ぎで確認する5つのポイント

被保険者は誰か:業者単位の契約を確認する

公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会の団体保険制度として案内されている不動産鑑定業者賠償責任保険は、鑑定業者が行った鑑定業務に起因する法律上の賠償責任を補償するものと説明されています。契約は業者、つまり法人または個人事業主の単位が基本です。

株式譲渡なら、法人の契約はそのまま続きます。事業譲渡や個人事務所の譲渡では、売り手の契約は買い手に移りません。買い手は自社で加入または補償の拡張が必要になり、売り手は自分の契約をどう終わらせるかを考える必要があります。

請求ベースと遡及日:契約が切れた後の請求は対象になるか

専門職の賠償責任保険では、保険期間中に受けた損害賠償請求を対象とする方式(請求ベース)が多く採られています。この方式では、業務をしたのが加入中でも、請求を受けた時点で契約が切れていれば対象外になりえます。引退や事業譲渡で契約を終えたあとに届く請求に備えるには、保険期間終了後の一定期間に受けた請求も対象にする延長の特約が用意されているかを確認します。

もうひとつが遡及日(この日より前に行った業務に起因する請求は補償しない、という基準日)です。継続して加入していれば当初の加入日が遡及日として維持される設計が一般的ですが、加入の中断や契約者の切替えで遡及日が新しくなると、それ以前の業務は対象から外れます。先ほどのケースで「保険の対象外」になりうるのは、まさにこの場面です。

確認項目の一覧

確認項目見る書類見落とした場合
被保険者保険証券譲渡後に無保険になる
請求ベースか約款・特約引退後の請求が対象外
遡及日保険証券古い業務が対象外
事故報告の有無保険会社への通知記録既知の事案が対象外
限度額・免責金額保険証券高額請求で自己負担

事故報告は特に大切です。請求のおそれを知りながら保険会社に通知していないと、その事案は補償されない可能性があります。売却の検討を始めたら、未解決の案件は代理店を通じて通知済みかを確認してください。具体的な条件は、加入中の保険証券と約款、代理店への照会でご確認ください。

売り手が調印前にしておくこと

請求・クレームの台帳を作る

直近10年程度について、依頼者から説明や再計算を求められた案件、金銭の請求を受けた案件、支払いをした案件を一覧にします。日付、依頼目的、相手方、経過、現在の状態、保険会社への通知の有無を並べるだけで十分です。台帳があれば、買い手は「管理されている」と判断でき、期待損失の見立ても早く固まります。

引退後の請求に備える

事業譲渡や引退を予定しているなら、延長の特約の有無と期間、費用を代理店に確認し、譲渡契約の条件と一緒に検討します。株式譲渡でも、法人の契約が中断せず遡及日が維持されることを、買い手と確認しておくと安心です。

開示して、条件で分ける

未解決の請求は、隠すほど表明保証違反のリスクが大きくなります。開示したうえで、減額・特別補償・エスクローのどれで分担するかを交渉するほうが、売り手にとっても結果的に安全です。補償金や減額の税務上の取扱いは税理士にご確認ください。

まとめ

鑑定の損害賠償リスクは、履歴の有無ではなく、未解決の請求の期待損失と保険の効き方で価格に反映されます。要点を振り返ります。

  • 価格に直接入るのは未解決の請求だけで、解決済みの履歴は「管理の質」として見られる
  • 期待損失は、支払いに至る可能性×想定支払額+応訴費用から、保険で填補される額を引いて見積もる
  • 保険で填補されるかどうかで、同じ請求でも価格への影響は10倍以上違いうる
  • 期待損失の分担は、減額・特別補償・エスクローの3つから、結果の振れ幅と売り手の意向で選ぶ
  • 保険は被保険者・請求ベースか・遡及日・事故報告・限度額の5点を、保険証券と約款で確認する

過去の案件に不安を抱えたまま売却をためらっているオーナー鑑定士様、そして譲受を検討しながら見えないリスクに踏み切れない買い手の皆様にとって、必要なのは不安を金額と条件に置き換える作業です。台帳を作り、保険を確認し、開示したうえで分担を決めれば、請求の履歴は取引を止める理由にはなりません。

鑑定会社の売却・承継・買収をご検討の方は、秘密厳守の無料相談をご利用ください。過去の案件や保険の状況を踏まえた進め方についてもご説明します。当社の手数料体系は 手数料 に公開しています。無料相談はこちら。

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

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