仕掛品・未収金はM&Aでどう精算するのか?鑑定会社の運転資本と価格調整の実務
鑑定会社のM&Aで仕掛品(着手済みの案件)と未収金はどう精算されるのか。進捗按分・回収可能額による評価、前受報酬の扱い、目標運転資本との差額で価格を調整する数値例、精算条項に書くべき5項目を不動産鑑定士が解説します。
鑑定会社のM&Aで、仕掛品(着手済みで未納品の案件)や未収金をどう精算するかは、交渉の終盤で必ず問題になる論点です。「半分まで進めた案件の報酬は、譲渡後に入金されたら誰のものか」「半年前から払ってくれない依頼者の未収金も、帳簿どおりの価値で買ってもらえるのか」。オーナー鑑定士のあなたも、買収を検討する鑑定会社も、こうした疑問を抱えたまま基本合意に進んでしまうことが少なくありません。
結論から申し上げます。仕掛案件は進捗に応じて、未収金は回収できる見込みの額で評価し、その合計(運転資本)が「平常時の水準」からどれだけ増減したかだけを譲渡価格に反映させるのが基本です。そして、その精算方法は契約書の価格調整条項(基準日からクロージング日までの財務の変動を価格に反映させる取り決め)で事前に決めておかなければ、あとから当事者の主張がぶつかります。
私たち鑑定士は、鑑定評価で「いつの時点の価格か」を必ず確定させます。M&Aの価格も同じで、基準日の数字とクロージング日の数字のずれをどう埋めるかがこの論点の本質です。ここでは、鑑定会社に特有の仕掛案件・未収金・前受報酬の扱いを、数値例とともに整理します。
鑑定会社の運転資本とは何か
運転資本は「日々の業務を回すお金」
運転資本(ワーキングキャピタル)とは、事業を回すために寝かせているお金のことで、一般に「売上債権+棚卸資産-仕入債務」で捉えます。在庫を持たない鑑定会社では、次のように置き換えると分かりやすくなります。
- 増やす項目:未収金(納品済みで入金前の報酬)、仕掛案件(着手済みで未納品の案件)
- 減らす項目:前受報酬(着手前・納品前に受け取った報酬)、未払費用(外注費・調査費の未払い)
鑑定評価の報酬は、納品後に請求して1〜2か月後に入金される取引が一般的です。そのため、売上6,000万円規模の会社でも、未収金が常に数百万円から1,000万円ほど帳簿に載っていることは珍しくありません。
鑑定会社の運転資本は季節で大きく動く
鑑定会社の運転資本には、はっきりした季節性があります。自治体や公的機関の業務は年度末(3月)に納品が集中し、入金は4〜5月にずれ込む傾向があります。地価公示や都道府県地価調査などの公的評価も、作業と報酬の時期が年間で偏ります。
つまり、3月末の貸借対照表だけを見ると未収金が膨らみ、会社の価値が大きく見えることがあるのです。M&Aのスケジュールと繁忙期の関係は鑑定会社のM&Aの標準スケジュールも参考にしてください。
仕掛品はM&Aでどう精算されるのか
株式譲渡なら仕掛案件は会社ごと移る
株式譲渡では会社そのものの持ち主が替わるだけなので、仕掛案件の契約も、譲渡後に入る報酬もすべて会社に残ります。売り手が気にするのは「自分の在任中に進めた分の価値を、価格に織り込んでもらえるか」という点です。
小規模な鑑定会社では、納品時に売上を計上する処理が一般的なため、仕掛案件は帳簿上ほとんど資産として現れません。何もしなければ、途中まで進めた作業の価値は価格に反映されないまま買い手に移ります。
仕掛案件を測る2つの方法
仕掛案件の価値の測り方には、主に次の2つがあります。
| 方法 | 考え方 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 発生原価法 | すでに支払った外注費・調査費・人件費を積み上げる | 進捗が測りにくい案件が多いとき |
| 進捗按分法 | 報酬額に進捗率を掛ける(例:現地調査済みで40%) | 工程(受付・調査・評価・審査・納品)が標準化されているとき |
鑑定評価の業務は、受付、資料収集、現地調査、評価、社内審査、納品という工程がはっきりしているため、工程ごとに進捗率の目安を決めておけば進捗按分法を使いやすい業種です。ただし、進捗率が高いのに入金の見通しが立たない案件(依頼者と連絡が取れない、報酬の減額を求められている等)は、別に扱う必要があります。
事業譲渡では依頼者の同意と署名者の交代が壁になる
事業譲渡では、仕掛案件の契約を買い手に移すために、依頼者の承諾が必要です(民法第539条の2、契約上の地位の移転)。さらに、鑑定評価書には実際に評価に関与した不動産鑑定士が署名します。売り手側の鑑定士が買い手に移らない場合、買い手の鑑定士が現地調査からやり直すことになり、進捗の価値はほとんど残りません。
そのため事業譲渡では、クロージングまでに売り手が納品を終える案件と、買い手に引き継ぐ案件を一覧で仕分けるのが実務的です。引き継ぐ案件は、残りの作業量を差し引いた額で精算します。スキームごとの違いは株式譲渡と事業譲渡の比較で詳しく整理しています。
未収金と前受報酬はいくらで引き継がれるのか
未収金は「回収できる額」で評価する
未収金は、帳簿の金額ではなく回収できる見込みの額で評価されます。買い手はデューデリジェンス(買収前の調査)で、請求日からの経過期間ごとに未収金を並べた一覧(年齢表)を求めるのが一般的です。
- 支払期日から3か月以内:原則として全額を評価
- 3か月〜1年:依頼者ごとに事情を確認し、一部を減額
- 1年超、または依頼者と係争中:回収不能として評価から外すことが多い
公的機関や金融機関の未収金は回収の確実性が高く、個人の依頼者(相続・離婚・訴訟の案件など)の未収金は、減額や分割払いの交渉が起きやすい傾向があります。依頼者の構成が未収金の評価を左右する点は、鑑定会社ならではの特徴です。
事業譲渡では売り手が回収するのが一般的
事業譲渡では、未収金を買い手に移さず、売り手が自ら回収する形が一般的です。債権を移すには依頼者への通知などの手続(民法第467条)が必要で、依頼者に経営者の交代が早い段階で伝わってしまうためです。未収金の債権譲渡と消費税・法人税の扱いは資産ごとに異なるため、具体的な処理は税理士にご確認ください。
前受報酬は「買い手が仕事を引き受ける負債」
見落としやすいのが前受報酬です。着手時に報酬の全部または一部を受け取る鑑定会社では、クロージング日の時点で「お金は受け取ったが、評価書はまだ納めていない」案件が残ります。この案件の残作業を行うのは譲渡後の会社や買い手なので、前受報酬は買い手が引き受ける負債として価格から差し引くか、その分の現金を会社に残すのが筋です。売り手が前受報酬を役員報酬や配当で持ち出したまま譲渡すると、買い手は報酬なしで仕事だけを引き継ぐことになります。
運転資本の価格調整を数値例で見る
「平常時の水準」との差額だけを調整する
運転資本の価格調整では、過去12か月の月末平均などから平常時の水準(目標運転資本)を決め、クロージング時の実際の額との差額だけを価格に加減します。平常時の水準は、年買法(時価純資産に営業利益の1〜3年分を加える方法)などで出した基本価格にすでに織り込まれているため、運転資本の全額を上乗せすると二重計上になるからです。
これは鑑定評価の考え方と同じです。不動産鑑定評価基準は総論第5章で価格時点の確定を求めており、基準となる時点とずれた資料を使うときは時点修正を行います。M&Aの価格調整も、基本価格の前提となる時点とクロージング日のずれを修正する作業だと言えます。
想定されるケース:基本価格2,000万円の株式譲渡
想定されるケースとして、基本価格2,000万円で合意した鑑定会社の株式譲渡を考えます。クロージングは年度末直後の4月末で、目標運転資本は過去12か月の平均から800万円と合意していました。
| 項目 | 目標運転資本 | クロージング時 | 差額 |
|---|---|---|---|
| 未収金(回収可能額) | 900万円 | 1,150万円 | +250万円 |
| 仕掛案件(進捗按分) | 200万円 | 320万円 | +120万円 |
| 前受報酬 | ▲200万円 | ▲350万円 | ▲150万円 |
| 未払費用 | ▲100万円 | ▲120万円 | ▲20万円 |
| 合計 | 800万円 | 1,000万円 | +200万円 |
クロージング時の未収金は帳簿上1,300万円ありましたが、1年以上入金のない150万円を回収不能として除き、1,150万円としています。仕掛案件は、報酬総額800万円の10件に平均進捗率40%を掛けて320万円です。
この結果、運転資本は平常時より200万円多いため、譲渡価格は2,000万円+200万円=2,200万円に調整されます。逆に、売り手がクロージング前に未収金の回収を急いで現金を持ち出していれば、運転資本は平常時を下回り、価格は減額されます。あくまで例示であり、実際の調整額は契約で定めた計算方法と、当事者の確認で決まります。
小規模な案件では「固定価格+持ち出し禁止」も選択肢
中小企業のM&Aでは、手間を省くために価格調整条項を設けず、基準日の財務内容で価格を固定する方式(ロックドボックス方式)も多く使われます。この場合は、基準日以降の配当や役員報酬の増額など、会社からの資金の持ち出し(リーケージ)を禁止する条項で買い手を守ります。
鑑定会社のように季節で運転資本が大きく動く業種では、固定価格を選ぶ場合でも、基準日を繁忙期の直後に置かない、前受報酬と仕掛案件だけは個別に精算する、といった手当てを検討する価値があります。
クロージング時の精算条項に書くべきこと
精算条項がなぜ必要か
精算条項がないと、「3月に納品した案件の報酬は売り手のものか」「譲渡前に着手した案件の値引きは誰が負担するのか」といった争いが、譲渡後に残ります。譲渡後も旧代表が並走期間として会社に関わる場合、この争いは人間関係そのものを傷つけます。並走期間の設計は鑑定事務所の並走期間の設計で解説しています。
契約書で決めておく5項目
株式譲渡契約や事業譲渡契約には、少なくとも次の5項目を書いておくことをおすすめします。
- 目標運転資本の額と算定期間(例:過去12か月の月末平均)
- 各項目の評価方法(未収金の回収不能の基準、仕掛案件の進捗率の目安)
- クロージング後の確定手続(誰がいつまでに計算し、何日以内に異議を出せるか)
- 回収不能になった未収金の扱い(一定期間内に回収できなければ売り手が補償する等)
- 意見が合わない場合の判断者(第三者の会計専門家に委ねる等)
契約書の最終的な文言は弁護士に、税務上の影響は税理士にご確認ください。決算書の数字を平常時の姿に整える準備は買い手が見る3つの数字と正常化の実務が参考になります。
まとめ
仕掛品・未収金のM&Aでの精算は、仕掛案件を進捗で、未収金を回収可能額で評価し、運転資本が平常時からどれだけ動いたかだけを価格に反映させるのが基本です。
要点を振り返ります。
- 鑑定会社の運転資本は、未収金・仕掛案件から前受報酬・未払費用を差し引いたもので、年度末前後に大きく膨らむ
- 仕掛案件は発生原価法か進捗按分法で測り、工程が標準化されていれば進捗按分法が使いやすい
- 事業譲渡では、仕掛案件の移転に依頼者の承諾が必要で、署名する鑑定士の交代が進捗の価値を左右する
- 未収金は年齢表で回収可能額に引き直し、前受報酬は買い手が引き受ける負債として扱う
- 価格調整は目標運転資本との差額だけを加減し、小規模な案件では固定価格+持ち出し禁止も選択肢になる
- 精算条項は目標額・評価方法・確定手続・回収不能時の扱い・判断者の5項目を事前に決める
基本合意を控えたオーナー鑑定士の方、買収価格の前提を詰めたい鑑定会社・異業種の方は、まずクロージング予定日の運転資本が平常時とどれだけ違うかを試算してみてください。価格全体の考え方はのれんの評価はどう決まるのかで解説しています。
鑑定会社の売却・承継・買収をご検討の方は、秘密厳守の無料相談をご利用ください。仕掛案件と未収金の棚卸しから、精算条項の論点整理までお手伝いいたします。ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちらからどうぞ。
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鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する
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