企業価値評価のDCF法は鑑定会社に使えるのか?年買法との違いと自社評価の罠
企業価値評価のDCF法は鑑定会社にも使えるのか。年買法との違い、割引率と収益の持続期間で価値が約1,830万〜8,000万円まで動く数値例、還元利回り感覚の割引率など鑑定士が陥りやすい自社評価の罠と、交渉での使い分けを不動産鑑定士が解説します。
「企業価値評価ならDCF法が本格的で、年買法は素人の目安にすぎないのではないか」。収益還元法を日常的に使っているオーナー鑑定士のあなたほど、自分の会社もDCF法で計算すれば正しい値段が出るはずだと考えるのではないでしょうか。表計算ソフトで将来のキャッシュフローを並べ、割引率を置けば、数字はすぐに出てきます。
結論から申し上げます。DCF法は鑑定会社にも使えます。ただし、代表個人に収益が依存する小規模な鑑定会社では、「利益がいつまで続くか」と「割引率をいくらに置くか」の二つの前提だけで結果が2倍以上動きます。そのため売却の交渉では年買法(時価純資産に営業利益の数年分を加える方法)のレンジを軸にし、DCF法は前提を検証するためのクロスチェックとして使うのが現実的です。
私たち鑑定士は不動産のDCF法には慣れていますが、不動産と事業とでは「収益の源泉がどこにあるか」が決定的に違います。この記事では、DCF法と年買法の違いを計算例で示し、鑑定士が自社を評価するときに陥りやすい罠を整理します。
DCF法とは?企業価値評価の考え方を鑑定士の言葉で言い換える
将来キャッシュフローを割り引くという計算式
DCF法(Discounted Cash Flow法)は、会社が将来生み出すフリーキャッシュフロー(事業から得た現金から、税金・設備投資・運転資本の増加を差し引いた、自由に使える現金)を、リスクに見合った割引率で現在価値に直して合計する方法です。
事業価値 = 各年のフリーキャッシュフローの現在価値の合計 + 予測期間後の価値(ターミナルバリュー)の現在価値
ターミナルバリュー(予測期間の後も事業が続くと仮定して求める残存価値)は、たとえば「最終年のキャッシュフロー ÷ 割引率」のように、一定額が永続する前提で計算します。この「永続する」という仮定が、後で述べる罠の入口になります。
収益還元法のDCF法と骨格は同じ、違うのは「収益の源泉」
不動産鑑定評価基準(総論第7章)は、収益還元法の手法として直接還元法とDCF法を定めています。また、証券化対象不動産の鑑定評価ではDCF法の適用を求めています(各論第3章)。将来の純収益を割り引いて合計するという骨格は、企業価値評価のDCF法と同じです。
違うのは、収益を生み出しているものが何かという点です。賃貸ビルの賃料収入は、所有者が誰に代わっても建物と立地が生み出し続けます。これに対して鑑定会社の売上は、依頼者との関係、鑑定士の知見、公的評価の委嘱といった「人に帰属するもの」が生み出しています。所有者(代表)が交代したとき収益がどれだけ残るかを、不動産と同じ感覚で楽観視できないのです。
事業価値から株式価値へ
DCF法で求めるのは事業全体の価値です。株式譲渡で売り手が受け取る対価(株式価値)にするには、事業価値に余剰資金を加え、借入金などの有利子負債を差し引きます。鑑定会社では、代表からの役員借入金や、運転資金として厚めに残している預金の扱いがここで問題になります。
年買法とDCF法の違い:小規模な鑑定会社で年買法が使われる理由
年買法は「超過収益が数年で消える」前提の簡便法
年買法は、時価純資産に正常化した営業利益の1〜3年分を加えて譲渡価格の目安を出す方法です。考え方の詳細と数値例は鑑定会社はいくらで売れるのか?年買法で読み解く売却相場で解説しています。
DCF法と比べると、年買法は割引計算をせず、利益が永続するとも考えません。「営業利益の何年分」という年数は、言い換えれば「代表交代後も、いまの会社ならではの超過収益が何年くらい続くと見込むか」という判断です。年買法は乱暴な簡便法に見えますが、実は「収益が数年で消えていく」という、小規模事業に合った前提を内側に持っていると私たちは考えています。
両者を4つの観点で比べる
| 観点 | DCF法 | 年買法 |
|---|---|---|
| 収益の持続 | 予測期間後も永続する前提が多い | 1〜3年分に限定 |
| 前提の数 | 売上計画・費用・割引率・永続価値など多い | 正常化利益・年数・純資産の3つ |
| 結果の振れ幅 | 割引率と持続期間で大きく動く | 年数の幅に収まる |
| 向いている会社 | 組織で稼ぎ、計画の確度が高い会社 | 代表・少人数の鑑定士が稼ぐ会社 |
中小M&Aガイドラインでの位置づけ
中小M&Aガイドライン(第3版、令和6年8月、中小企業庁)は、譲渡額の算定方法として、時価純資産に営業利益の数年分を加える考え方を参考として紹介しています。企業価値評価の手法としては、純資産に着目する方法(コストアプローチ)、類似会社の指標と比べる方法(マーケットアプローチ)、DCF法のように将来収益に着目する方法(インカムアプローチ)があり、案件に応じて使い分けられます。どれか一つが常に正しいわけではなく、複数の方法で幅を確かめるのが実務の基本です。
数値シミュレーション:前提ひとつで会社の値段は2倍以上動く
想定されるケースの前提
想定されるケースとして、鑑定士3名、役員報酬を正常化した後の税引後フリーキャッシュフローが年800万円の鑑定会社を考えます。鑑定会社は設備投資がほとんどないため、正常化した税引後の利益に近い額がそのままキャッシュフローになると仮定します。この会社の事業価値を、前提を変えながらDCF法で計算します。
前提別の事業価値
| 収益の持続の前提 | 割引率 | 事業価値 | 800万円の何年分か |
|---|---|---|---|
| 800万円が永続 | 10% | 8,000万円 | 10.0年 |
| 800万円が永続 | 15% | 約5,330万円 | 6.7年 |
| 800万円が永続 | 20% | 4,000万円 | 5.0年 |
| 3年間800万円、4年目以降400万円が永続 | 15% | 約3,580万円 | 4.5年 |
| 800万円が5年間で終了 | 15% | 約2,680万円 | 3.4年 |
| 800万円が3年間で終了 | 15% | 約1,830万円 | 2.3年 |
同じ会社、同じ800万円のキャッシュフローでも、事業価値は約1,830万円から8,000万円まで、4倍以上の幅で動きます。割引率を10%から20%に変えるだけで価値は半分になり、「収益がいつまで続くか」の前提を変えると、さらに大きく動きます。
シミュレーションから読み取れること
注目していただきたいのは、下の2行です。「収益が3〜5年で消えていく」という前提でDCF法を計算すると、結果は年買法の「1〜3年分」に近い水準に収まります。年買法の年数が1〜3年とされるのは、代表に依存する事業の超過収益は長く続かないという実務感覚を反映したものと読むことができます。
逆に言えば、「800万円が永続する」という前提でDCF法を使い、5,000万円を超える価格を期待しても、買い手は「代表が引退した後もこの収益が続く根拠は何か」と問い返します。その根拠を説明できなければ、DCF法の結果は交渉の材料になりません。
鑑定士が陥りやすい自社のDCF評価の罠
罠1:還元利回りの感覚で割引率を低く置く
不動産のDCF法に慣れた鑑定士は、割引率を賃貸不動産の利回りに近い水準で考えがちです。しかし、非上場で規模が小さく、代表一人が抜けると収益が大きく落ちる会社に投資する人が求めるリターンは、安定した賃貸不動産よりはるかに高くなります。中小企業の企業価値評価では、規模の小ささや株式を売りにくいこと(流動性の低さ)に応じてリスクを上乗せするのが一般的です。割引率を数ポイント低く置くだけで価値は大きく膨らむため、自社評価では最も注意が必要な前提です。
罠2:役員報酬を正常化しないまま将来キャッシュフローを置く
オーナー鑑定士の役員報酬には、経営者としての対価と利益の払い出しが混ざっています。損益計算書の利益をそのまま将来に引き延ばすと、報酬を高く取っている会社は価値が過小に、報酬を抑えている会社は価値が過大に出ます。将来キャッシュフローの出発点は、後任の鑑定士・経営者に適正な報酬を払った後の利益です。正常化の具体的な手順は買い手は決算書のどこを見るのか?をご覧ください。
罠3:ターミナルバリューが価値の半分を占めることに気づかない
上の例で、5年間の予測期間と、その後の永続価値に分けて計算すると、割引率15%の場合、事業価値約5,330万円のうち約2,650万円、つまり約半分が「6年目以降」の価値です。6年後には代表が引退しているかもしれない会社で、価値の半分を「6年目以降も同じ収益が続く」という仮定に頼っていることになります。不動産であれば建物の経済的残存耐用年数や復帰価格の検討で歯止めがかかりますが、自社の事業計画ではその歯止めが働きにくいのです。代表への依存度の測り方は「代表がいないと回らない」は価格を何割下げるのか?で解説しています。
DCF法を自社の企業価値評価に使うなら:年買法との使い分け
売り手の内部検討ではクロスチェックとして使う
DCF法が役に立つのは、年買法の年数を何年と見るべきかを、売り手自身が検証する場面です。「3年後に代表が退いたら、収益はどこまで残るか」「割引率を上下させると結果はどう動くか」を試算すると、自社の価格を支えている前提がはっきりします。結果が年買法のレンジから大きく外れるなら、どの前提が楽観的なのかを見直すきっかけになります。
交渉では年買法のレンジを軸に、DCF法で根拠を補う
買い手との交渉では、前提の少ない年買法のほうが共通の土台にしやすいのが実情です。そのうえで、「公的評価の委嘱を職員鑑定士が引き継げる見込みがある」「金融機関の継続受注が複数ある」といった、収益が続く根拠を示せる部分については、DCF法の考え方で年数を上乗せする説明に使えます。DCF法は値段を吊り上げる道具ではなく、年数の根拠を説明する道具として使うのが効果的です。
企業価値評価の結果は「鑑定評価額」ではない
最後に、鑑定士だからこそ混同しやすい点を確認します。会社の企業価値評価の結果は、不動産鑑定評価基準に基づく鑑定評価額ではありません。正常価格や限定価格といった価格の種類の定義も、企業価値評価にはそのまま当てはまりません。会社が事務所の土地建物を保有している場合に、時価純資産を求める材料として不動産の鑑定評価を使うことはありますが、会社全体の値段そのものは買い手との交渉で決まる価格です。また、相続・贈与などで用いる税務上の株式評価は、M&Aの譲渡価格とは別の考え方で算定されます。税務上の評価は税理士にご確認ください。
まとめ
DCF法は鑑定会社にも使えますが、代表に収益が依存する小規模な会社では、割引率と収益の持続期間という二つの前提で結果が大きく動きます。交渉の軸は年買法のレンジに置き、DCF法は前提を検証する道具として使うのが現実的です。
要点を振り返ります。
- DCF法は将来のフリーキャッシュフローを割り引いて合計する方法で、骨格は不動産の収益還元法と同じ
- 違いは収益の源泉で、鑑定会社の収益は依頼者との関係や鑑定士の知見など「人」に帰属する
- 同じ年800万円のキャッシュフローでも、前提次第で事業価値は約1,830万円から8,000万円まで動く
- 収益が3〜5年で消える前提のDCF法は、年買法の「1〜3年分」に近い水準になる
- 割引率を不動産の利回り感覚で低く置く、役員報酬を正常化しない、永続価値に頼りすぎる、の三つが自社評価の罠
- 企業価値評価の結果は鑑定評価額ではなく、税務上の株式評価とも別物
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鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する
相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。
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