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企業価値・相場読了 約9分

不動産鑑定士の人材不足で、鑑定士のいる事務所は高く売れるのか?「人ごと買う」価値が価格に効く3つの条件

不動産鑑定士の人材不足で、鑑定士が在籍する事務所は高く売れるのか。30歳代以下7%、合格者は増えても鑑定業に来ない構造を国交省データで確認し、採用できない買い手が「人ごと買う」理由と年買法の年数への効き方、価格に効く3つの条件を鑑定士が整理します。

不動産鑑定士の人材不足は、鑑定会社の売買価格にも影響します。「求人を出しても鑑定士が来ない」「若手を採っても大手や金融機関に移ってしまう」。買い手側からはこうした声を、売り手側からは「うちには勤務鑑定士が2人いる。それは価格に反映されるのか」という質問を、私たちはよく受けます。

結論からお伝えします。鑑定士が在籍し、譲渡後も残ってくれる事務所は、同じ利益の事務所より高く評価されやすくなります。採用できない買い手にとって、登録済みの鑑定士と顧客を「人ごと」引き継げることには、自前で揃える場合の時間とコストに見合う価値があるからです。ただし、在籍しているだけでは価格は上がりません。残留の見込み、専任に就けるかどうか、利益への貢献という3つの条件がそろったときに限られます。

この記事では、国土交通省の公表データで人材難の実態を確認し、それが年買法(純資産に営業利益の数年分を加えて価格の目安を出す方法)の「年数」にどう効くのかを、私たち鑑定士の視点で整理します。

不動産鑑定士の人材不足はデータでどこまで裏付けられるか

30歳代以下は7%、所属鑑定士は13年で約11%減

国土交通省と日本不動産鑑定士協会連合会の「業務領域の拡大等を通じた不動産鑑定士の担い手確保に向けて〜論点整理〜」(令和7年3月24日)によれば、令和5年の不動産鑑定士の年齢構成は40〜60歳代が74%を占め、30歳代以下は7%にすぎません。平成15年に25%、平成25年に18%だった若手の割合が、20年で3分の1以下になりました。

鑑定業者に所属する不動産鑑定士等も、平成23年の5,057名から令和6年の4,496名へ約11%減っています。知事登録業者に限ると▲13%で、地方の中小事務所ほど人が減っています。若手の減少と地方の人手不足は、同じ構造の表と裏です。

合格者は増えているのに、鑑定業に来ない

意外に知られていないのが、試験の合格者はむしろ増えているという事実です。同じ論点整理によれば、不動産鑑定士試験の合格者は平成26年の84人から令和6年の147人へ増え、令和6年合格者の82%は30歳代以下(30歳未満36.1%、30〜39歳46.3%)です。

それでも鑑定業者に所属する鑑定士は減っています。論点整理は、合格後に資格をいかして鑑定業以外の業種に勤める若年層が一定数いると考えられる、と指摘しています。つまり、人材不足の正体は「合格者がいない」ことではなく、若手が鑑定事務所、とくに地方の小規模事務所を選ばないことにあります。

「鑑定士 採用 できない」が構造的に起きる理由

採用難は、個々の事務所の努力不足ではなく構造の問題です。理由は3つあります。

  • 合格しても実務修習を修了して登録するまで時間がかかり、即戦力になるにはさらに経験が要る
  • 若手の多くが都市部の大手鑑定会社・金融機関・不動産会社・コンサル会社に就職する
  • 地方部は報酬に占める公的土地評価の割合が約4割(固定資産税の標準宅地評価がある年は約7割)と高く、若手が将来の収入像を描きにくい(同論点整理)

この3つ目の数字は、都市部の約1割強(同、約3割)と比べると差が歴然です。地方で鑑定士を1人採用することは、想像以上に難しいのです。

採用できない買い手が「人ごと買う」理由

鑑定業者には専任の鑑定士が欠かせない

鑑定業者は、不動産の鑑定評価に関する法律(以下「鑑定評価法」)第35条により、事務所ごとに専任の不動産鑑定士を置かなければなりません。拠点を増やしたい鑑定会社も、鑑定機能を持ちたい不動産会社や士業法人も、まず「専任に就ける鑑定士」を確保できなければ事業を始められません。

採用で揃えられないなら、鑑定士が在籍する事務所ごと引き継ぐ。これが、人材難の業界でM&Aが選ばれる最大の理由です。専任要件を買収後にどう満たすかは「鑑定業者の専任要件を買収後も満たすには?」で整理しています。

買い手は「自前で揃える場合」と比べている

鑑定士の視点で言えば、買い手の頭の中では代替の原則が働いています。不動産鑑定評価基準(総論第4章)が価格諸原則の一つに挙げる代替の原則とは、代替性のある財の間では価格が相互に影響し合う、という考え方です。買い手にとって、鑑定士のいる事務所を買うことの「代替」は、自前で鑑定士を採用し、顧客を一から開拓することです。

想定されるケースで比べてみます。年収800万円の鑑定士を人材紹介会社経由で採用すると仮定し、紹介手数料を仮に年収の30%とします。

項目自前で採用・開拓在籍鑑定士ごと承継
採用に要する費用紹介手数料 240万円(仮定)譲渡対価に含まれる
稼働までの期間採用活動に数か月〜1年以上譲渡日から
顧客・案件ゼロから開拓既存の依頼者と継続案件
不確実性採用できない・定着しない譲渡後の離職リスク

自前の道は、費用だけでなく「いつ揃うか分からない」という時間の不確実性を抱えます。採用できる見込みが低いほど、在籍鑑定士ごと承継する道の価値は相対的に高まります。これが、人材不足が譲渡価格に効く基本的な構図です。

有資格者はM&Aで価格をどれだけ押し上げるか

年買法の「年数」に効く

鑑定会社の譲渡価格の目安は、時価純資産に正常化した営業利益の1〜3年分を加える年買法で考えるのが実務上一般的です(詳しくは「鑑定会社はいくらで売れるのか?」)。有資格者の在籍が効くのは、主に営業利益に掛ける「年数」です。

年数は、代表が交代した後も利益が続く見込みで決まります。代表以外に鑑定士がいて、評価書の作成と署名を担い、依頼者とも接点を持っていれば、代表が退いても売上の多くが残ると見込めます。買い手は安心して年数を伸ばせます。

想定されるケース:同じ利益で価格が約2倍に

想定されるケースとして、正常化後の営業利益がともに800万円、時価純資産がともに500万円の2つの事務所を比べます。

項目事務所A事務所B
鑑定士代表1名のみ代表+40代の勤務鑑定士1名
勤務鑑定士の残留該当なし2年間の雇用継続に合意済み
想定する年数1年2.5年
譲渡価格の目安1,300万円2,500万円

計算は、事務所Aが500万円+800万円×1年=1,300万円、事務所Bが500万円+800万円×2.5年=2,500万円です。利益が同じでも、有資格者が残ることで目安は約2倍になり得ます。あくまで例示であり、実際の年数は買い手の評価と交渉で決まります。

価格以外で表れる価値もある

有資格者の価値は、価格だけに表れるとは限りません。買い手の候補が増えて交渉が有利になる、対価の分割払いや長い並走期間を求められにくくなる、成約までの期間が短くなる、といった形でも表れます。売り手にとっては、価格と同じくらい大切な条件面の余裕です。

人材が価格に効く3つの条件

在籍する鑑定士が価格を押し上げるのは、次の3つの条件がそろうときに限られます。逆に言えば、どれかが欠けると「人ごと買う」価値は大きく目減りします。

条件1:譲渡後も残る見込みがある

最も重要なのは残留です。株式譲渡なら雇用契約は会社にそのまま残りますが、本人が辞めることは止められません。事業譲渡なら、職員は譲受側と改めて雇用契約を結ぶ必要があり、本人の同意が前提です。買い手は、鑑定士本人が譲渡後も働く意思を持っているか、処遇が維持されるかを必ず確認します。

残留の見込みを高めるには、開示の順番を誤らないこと、雇用条件を契約に書き込むこと、キーパーソンに残留のインセンティブを用意することが有効です。具体的な方法は「職員の雇用は本当に守れるのか?」で解説しています。

条件2:登録済みで専任に就ける

鑑定士として登録済みで、譲渡後に専任の不動産鑑定士に就ける人材であることも条件です。合格者でも登録前であれば、すぐに専任には就けません。また、常勤で専らその事務所の業務に従事できることが専任の前提ですから、兼業の状況や通勤の可否も確認されます。

専任の鑑定士が欠けた事務所は、2週間以内に要件を満たすための措置をとらなければなりません(鑑定評価法第35条第2項)。譲渡直後に勤務鑑定士が辞めれば、買い手はこの期限に追われます。買い手が「登録済みで、専任に就く意思のある鑑定士」を重く見るのはこのためです。専任の変更に伴う届出の書類や運用は登録行政庁で異なる場合があるため、事前に確認しておくと安心です。

条件3:利益に貢献している

在籍しているだけで、評価書の作成や依頼者対応を担っていなければ、買い手にとっては固定費にすぎません。年買法は正常化した営業利益に年数を掛けますから、人件費に見合う売上を生んでいない場合は、利益が薄くなる分だけ価格はむしろ下がります。

目安として、勤務鑑定士が単独で署名する評価書がどれだけあるか、担当している依頼者がいるかを数字で示せると、買い手の評価は変わります。代表以外の鑑定士が稼いでいることを示せれば、それは代表への依存(属人性)が低いことの証明にもなります。

売り手・買い手が今からできること

売り手:人材を「見える資産」にする

有資格者は貸借対照表に載りません。だからこそ、次のような資料で見える形にしておくことが大切です。

  • 鑑定士ごとの年齢・登録年・担当分野・署名件数の一覧
  • 勤務鑑定士が主担当の依頼者と、その売上の割合
  • 雇用条件(給与・退職金規程・残業や在宅の運用)の整理

買い手のデューデリジェンス(買収前の詳細調査)で最初に聞かれる項目でもあります。準備に1〜2年かけて勤務鑑定士の担当を増やしておけば、売却時の評価は着実に変わります。

買い手:人を見て、条件で守る

買い手は、決算書の数字と同じ重さで「誰が残るか」を確認してください。面談は基本合意の後、売り手と開示の順番を相談したうえで行うのが一般的です。残ってほしい鑑定士がいるなら、処遇の維持や役職の用意を意向表明の段階で示すと、本人の不安が和らぎます。

雇用の条件、退職金の扱い、社会保険や労務の手続は、個別事情で結論が変わります。税務は税理士に、労務は社会保険労務士に、契約条項は弁護士にご確認ください。

まとめ

不動産鑑定士の人材不足は、鑑定士が在籍し譲渡後も残る事務所の価値を高めます。ただし、価格に効くのは3つの条件がそろったときに限られます。

要点を振り返ります。

  • 30歳代以下の鑑定士は7%、鑑定業者所属の鑑定士は13年で約11%減です
  • 合格者は増えていますが、若手は地方の小規模事務所を選びにくい構造です
  • 鑑定業者は事務所ごとに専任の鑑定士が必要で、採用できない買い手は「人ごと買う」道を選びます
  • 有資格者の在籍は年買法の「年数」に効き、同じ利益でも価格が約2倍になり得ます
  • 条件は、残留の見込み・登録済みで専任に就けること・利益への貢献の3つです

勤務鑑定士を抱えるオーナー鑑定士のあなた、そして鑑定士の採用に苦労している鑑定会社・不動産会社・士業法人の方は、自社の人材がどう評価されるかを一度整理してみてください。企業価値の考え方は「企業価値・売却相場」でもご覧いただけます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

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