子どもが鑑定士でないなら誰に継がせるか?鑑定事務所の承継3類型を4つの条件で比較する
後継者不在率50.1%、内部昇格が同族承継を初めて上回った2025年。子どもが鑑定士でない鑑定事務所は誰に継がせるべきか。親族内承継・社内承継・第三者承継の3類型を、後継者の資格・資金・鑑定業者登録の要件・想定期間という4つの軸で比較し、条件別の現実解を整理します。
「息子は普通の会社員で、鑑定士ではありません。この事務所はどうなるのでしょうか」。オーナー鑑定士の方から、こうしたご相談をいただくことがあります。一代で築いた事務所を子どもに継がせるつもりでいたが、その前提が崩れた。ではどうするのか。答えを出せないまま、毎年の公的評価と更新業務だけが過ぎていく。決して珍しい状況ではありません。
事業承継の選択肢は、突き詰めれば3つしかありません。親族内承継、社内承継(職員・勤務鑑定士への承継)、第三者承継(M&A)です。ただし不動産鑑定業には、他の業種にはない「資格」と「登録」の制約が重なるため、一般的な事業承継の解説はそのままは当てはまりません。
この記事では、私たち鑑定士の立場から、3つの類型を「後継者の資格」「資金」「登録要件」「想定期間」の4軸で比較します。結論を先に申し上げます。子どもが鑑定士でない場合、現実解は社内承継か第三者承継に絞られ、そのどちらになるかは「継ぐ意思のある勤務鑑定士が所内にいるかどうか」でほぼ決まります。
承継の類型は3つしかない
内部昇格が同族承継を初めて上回った
帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日発表)によると、2025年に代表者が就任した経緯は、内部昇格36.1%、同族承継32.3%、M&Aほか20.6%、外部招聘7.6%でした。内部昇格が同族承継を上回ったのは初めてで、同調査は「脱ファミリー」経営の加速を指摘しています。全国の後継者不在率は50.1%で、7年連続の改善です。
「子どもに継がせる」は、もはや標準的な選択肢ではありません。子どもが鑑定士でないことは、あなたの事務所だけの特殊事情ではないのです。
鑑定業では「資格」の壁が一段高い
もっとも、不動産鑑定業には他業種にない制約があります。不動産鑑定業者は、事務所ごとに専任の不動産鑑定士(その事務所に常勤し、専らその業務に従事する鑑定士)を置かなければなりません(不動産の鑑定評価に関する法律第35条)。
会社を継ぐ人自身が鑑定士である必要はありませんが、事務所に専任の鑑定士がいなければ登録は維持できません。飲食店や建設業なら「息子が継ぐ」で完結する話が、鑑定業では「息子が継いだとして、誰が鑑定評価書に署名するのか」まで決めないと成立しない。ここが承継設計の出発点です。
類型1:親族内承継
資格取得だけで最短3年前後かかる
子どもに鑑定士として継がせる道を、時間で測ってみます。不動産鑑定士試験は短答式が例年5月、論文式が例年8月に実施されます(国土交通省)。論文式合格後は実務修習が必要で、実務修習は1年コースまたは2年コースの2種類、12月1日から翌年11月30日を1年として行われます。修了考査に合格して初めて登録を受けられます。
仮に今日から勉強を始め、翌年の試験に一度で合格し、1年コースを修了できたとしても、登録までおおむね3年前後です。実際には試験合格までに複数年を要することが多く、働きながらならなおさらで、3〜5年またはそれ以上を見込む必要があります。
子が鑑定士にならなくても継げる形はあるか
あります。ただし条件付きです。法人であれば、株式(持分)を子に贈与・相続させることで所有を親族内で承継でき、法人格が続くので登録も維持されます。ただし子が鑑定士でない以上、専任の鑑定士(第35条)を雇用し続けなければなりません。
つまりこれは「所有の承継」であって「業務の承継」ではありません。雇われる鑑定士から見れば「自分が売上のすべてを作っているのに株は持っていない」という構図です。これを長く維持するのは容易ではなく、専任鑑定士が離職した瞬間に登録を維持できなくなるリスクを、子が背負い続けます。
個人事務所の場合はさらに単純です。個人の鑑定業者登録は個人に帰属し、子にそのまま移りません。子が鑑定士でなければ、承継する対象がほとんど残らないのです。
資金と税務
親族内承継の利点は、対価を必ずしも金銭で用意しなくてよい点です。関連して、法人版事業承継税制(特例措置)は、令和8年度税制改正により特例承継計画の提出期限が令和9年9月30日まで延長されました。ただし対象株式等の贈与・相続そのものの実行期限は令和9年12月31日のままです。期限に余裕がありませんので、適用の可否は必ず税理士にご確認ください。
類型2:社内承継
資格の壁は最も低い
勤務鑑定士がいる事務所であれば、社内承継は最も摩擦の小さい選択肢です。後継者はすでに登録を持ち、顧客・案件・書式を熟知し、地元の同業者や金融機関にも顔が知られています。専任の鑑定士(第35条)の要件もその人が満たし、資格取得の待ち時間はゼロです。
ただし無資格の職員に継がせる場合は、親族内承継と同じ資格の壁が立ちはだかります。
最大の壁は資金
社内承継で最も詰まりやすいのは、対価をどう払うかです。想定されるケースで考えます。鑑定士1名・職員1名の法人で、年商2,000万円、役員報酬を適正額に引き直した後の営業利益が400万円、純資産が1,200万円だとします。年買法(純資産に営業利益の数年分を加えて価値を見積もる考え方)で営業利益の3年分を上乗せすると、1,200万円+1,200万円=2,400万円が価格の一つの目安です。価格の考え方は「鑑定会社はいくらで売れるのか」で整理しています。
この2,400万円を、年収700万円前後の勤務鑑定士個人が一括で用意するのは現実的ではないことが多いでしょう。実務では、対価を3〜5年の分割払いにする、承継後の役員報酬や顧問料と組み合わせる、金融機関や日本政策金融公庫の事業承継関連の融資制度を検討する、といった設計を行います。
社内承継が難しいのは「継ぐ人がいない」からではなく「継ぐ人にお金がない」からです。ここは設計で解ける問題です。
登録要件と想定期間
法人の株式譲渡であれば法人格が続くため登録は維持され、手続の負担は最も軽くなります。一方、個人事務所を勤務鑑定士が引き継ぐ場合は、後継者が新たに鑑定業者登録を受け、旧代表は廃業等の届出を行います(第29条)。順序を誤ると受任できない空白期間が生じます。段取りは「鑑定業者登録はM&Aでどうなる」をご覧ください。
想定期間は、後継者がすでに鑑定士であれば1〜3年が目安です。対価を分割にする場合、支払いが終わるまで5年程度の関係が続くこともあります。
類型3:第三者承継
候補の幅が最も広い
第三者承継の最大の利点は、買い手候補の幅です。同業の鑑定会社だけでなく、鑑定機能を内製化したい不動産会社、税理士法人・司法書士法人などの士業法人、独立を考える勤務鑑定士まで候補になり得ます。買い手自身が鑑定士である必要はなく、専任の鑑定士を置けば登録は可能だからです(第35条)。
「継ぐ人がいない」の多くは、実際には「所内と親族の中にはいない」であって、外まで探した結果ではありません。第三者承継は、候補を外に広げる方法です。
資金は買い手側が用意する
第三者承継では買い手が法人であることが多く、対価を一括で支払える資金力を持つケースが相対的に多くなります。売り手は譲渡対価に役員退職金を組み合わせる設計も検討できます。ただし譲渡の形(株式譲渡か事業譲渡か)で課税の枠組みが変わりますので、税額は必ず税理士にご確認ください。
なお当社の仲介手数料は完全成功報酬制で、着手金・中間金はいただきません。譲渡価額2,000万円以下は一律150万円、2,000万円超1億円以下は7%、1億円超5億円以下は5%、5億円超は3%(いずれも税別)です。先ほどの2,400万円のケースなら成功報酬は168万円(税別)となります。詳細は「手数料」をご覧ください。
登録要件と想定期間
株式譲渡なら法人格が続くため登録は維持されますが、買い手が他の都道府県に本店を置く鑑定業者で、あなたの事務所を加えることで2以上の都道府県に事務所を置くことになる場合は、大臣登録が必要です(第22条)。事業譲渡の場合は、買い手側で事務所の追加、売り手側で廃業等の届出(第29条)という手順を踏みます。
想定期間は、相手探しに3〜6か月、デューデリジェンス(買い手による調査)と契約に2〜3か月、その後の並走に1〜3年が目安です。
3類型を4軸で比較する
| 比較の軸 | 親族内承継 | 社内承継 | 第三者承継 |
|---|---|---|---|
| 後継者の資格 | 子が鑑定士でなければ取得に3〜5年、または専任鑑定士の雇用継続が前提 | 勤務鑑定士なら壁なし。無資格職員なら親族内と同じ | 買い手が鑑定士である必要はない(専任鑑定士を置けばよい) |
| 資金 | 贈与・相続で金銭を要さない場合がある | 後継者個人の資金力が最大の制約。分割・融資で設計 | 買い手側が用意。退職金との組合せも可能 |
| 登録要件 | 法人なら維持。個人事務所は実質的に承継対象が乏しい | 法人なら維持。個人事務所は新規登録+廃業届(第29条) | 株式譲渡なら維持。他県法人が買うと大臣登録(第22条) |
| 想定期間 | 資格取得を含め5〜8年 | 1〜3年(対価分割なら5年程度) | 意思決定から6〜12か月+並走1〜3年 |
条件別に見た現実解
想定されるケースで整理します。ケース1は、代表70代・鑑定士1名の個人事務所で、子は会社員、職員は無資格の事務員のみという事務所です。親族内も社内も資格の壁で成立せず、現実解は第三者承継か廃業の二択になります。判断材料は「廃業と売却、どちらが得か」で比較しています。
ケース2は、代表65歳・勤務鑑定士1名(40代)を抱える法人です。その鑑定士に継ぐ意思があれば社内承継が第一候補ですが、対価の払い方が焦点です。資金設計が難しければ、第三者承継で買い手法人に入ってもらい、その勤務鑑定士が所長として残る形も選べます。後継者は資金を出さずに済みます。
ケース3は、子が鑑定士として他社に勤務している場合です。ここで初めて親族内承継が現実味を持ちますが、戻る時期と条件の擦り合わせを先送りしないことが要になります。
判断の順番
今日から動くために
一つの類型に賭けて時間を使わない
3つの類型は、どれか一つを選んで他を捨てるものではありません。社内承継の話を進めながら、並行して第三者承継の候補を探すこともできます。資格取得には3〜5年、第三者承継には6〜12か月。この時間差を理解して動き出すかどうかが、選択肢の数を決めます。
先に手を打つべき3つのこと
第一に、専任の鑑定士(第35条)を誰が担うのかを類型ごとに書き出すことです。この一点が決まらない承継計画は、どの類型でも成立しません。
第二に、公的評価と主要顧客の引継ぎ計画を作ることです。地価公示や固定資産税評価は委嘱・契約の形がそれぞれ異なり、後継者が誰であっても個別の確認が必要になります。
第三に、外の候補が実際に存在するかを確かめることです。当社では買い手側の「買収ニーズ登録」を受け付けており、地域・規模・公的評価の有無といった条件で照合しています。地方の事務所に固有の事情は「地方の鑑定事務所は誰が継ぐのか」で整理しました。
まとめ
子どもが鑑定士でない場合、承継の現実解は社内承継か第三者承継に絞られます。そのどちらになるかは、継ぐ意思のある勤務鑑定士が所内にいるかどうかでほぼ決まると断言します。
要点を振り返ります。
- 2025年に代表者が就任した経緯は内部昇格36.1%が同族承継32.3%を初めて上回り、後継者不在率は50.1%(帝国データバンク、2025年11月21日発表)
- 鑑定業は事務所ごとに専任の鑑定士が必要(第35条)なため、「誰が鑑定評価書に署名するのか」まで決めないと承継計画は成立しない
- 子が鑑定士でない場合、資格取得は最短でも3年前後、現実には3〜5年。株式だけ渡す形は専任鑑定士の離職リスクを子に負わせる
- 社内承継の壁は「継ぐ人がいない」ではなく「継ぐ人にお金がない」。分割払い・融資・退職金との組合せで設計できる
- 第三者承継は買い手が鑑定士でなくてよいため候補の幅が最も広く、意思決定から6〜12か月で進む案件が多い
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執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
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