従業員承継の株価はいくらが妥当か?鑑定会社を職員に譲るときの3つの価格と配当還元方式の落とし穴
従業員承継の株価は、交渉価格・原則的評価・配当還元価額の3つで最大9倍離れます。鑑定会社を職員に譲るとき、誰が何割を個人と法人のどちらで買うかで税務上の時価がどう変わるかを数値例で示し、みなし贈与・みなし譲渡を避ける設計を鑑定士が整理します。
従業員承継の株価をいくらにするかは、鑑定会社のオーナーが職員に会社を譲ると決めた直後に必ず突き当たる問いです。「長年支えてくれた勤務鑑定士だから、できるだけ安く譲ってあげたい」「配当還元方式なら1株数万円で済むと聞いた」。こうしたお考えをお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
結論を先に申し上げます。株価には「当事者が交渉で決める価格」「税務上の原則的な評価額」「配当還元価額」の3つがあり、どれを使ってよいかは、買う職員が取得後に何割の議決権を持つか、買い手が個人か法人かで決まります。後継者として全株を引き継ぐ職員に配当還元価額で譲れば、差額に贈与税が課される可能性があります。善意の値引きが、後継者に数百万円の税負担を残すことがあるのです。
この記事では、私たち鑑定士が、価格を測る専門家の立場から3つの価格の違いを数値例で比べ、個人間の譲渡・受け皿会社への譲渡それぞれの税務上の線引きと、資金の乏しい後継者でも無理なく引き継げる設計を整理します。税額の判断は個別の事情で変わるため、実行前には必ず税理士にご確認ください。
従業員承継の株価には3つの「価格」がある
交渉価格:当事者が合意した売買の値段
1つ目は、売り手と買い手が合意して決める売買価格です。中小企業のM&Aでは、年買法(時価純資産に、正常化した営業利益の数年分を加える考え方)が目安としてよく用いられます。鑑定会社での年数の考え方は「鑑定会社はいくらで売れるのか」で整理しました。
従業員承継でも、出発点は第三者に売る場合と同じこの価格です。ただし買い手である職員に資金がないため、交渉価格を払える形にどう分解するかが実務の焦点になります。
原則的評価:相続税・贈与税の物差しで測った価格
2つ目は、財産評価基本通達(国税庁が定める相続税・贈与税の財産評価のルール)の178から189-7までに定める「取引相場のない株式」の評価額です。経営に影響力を持つ株主(同族株主)が取得する株式は、会社の規模に応じて類似業種比準方式(同業種の上場企業の株価と比べる方法)や純資産価額方式(会社の資産から負債を差し引いて1株あたりに割る方法)で評価します。これを原則的評価と呼びます。
鑑定士数名の鑑定会社は、従業員数や総資産の規模から「小会社」に区分される場面が想定され、その場合は純資産価額方式(または類似業種比準方式との併用)で評価します。のれん(営業権)はこの物差しではほとんど価格に反映されないため、原則的評価は交渉価格より低くなる傾向があります。理由は「のれんの評価はどう決まるのか」で説明しています。
配当還元価額:少数株主が取得したときの例外の価格
3つ目は、財産評価基本通達188・188-2に定める配当還元方式による価格です。経営への影響力に乏しく、配当を受け取るだけの立場にある少数株主(同族株主以外の株主)が取得した株式は、過去2年の平均配当を10%で割り戻した額で評価します。
計算式は「年配当金額÷10%×1株当たりの資本金等の額÷50円」です。無配や1株(50円換算)当たり2円50銭未満の配当の会社は、年配当金額を2円50銭として計算します。つまり無配の会社なら、配当還元価額は資本金等の額のちょうど半分になります。会社の利益や純資産がいくら大きくても関係がないため、3つの価格の中で最も低くなることが通常です。
数値例で3つの価格を比べる
想定されるケースの前提
次のような鑑定会社を想定します。数値はすべて説明用の仮定です。
- 株式会社、発行済株式200株、資本金等の額1,000万円(1株当たり5万円)、代表が全株を保有
- 鑑定士2名・事務職員1名、無配
- 相続税評価額で計算した純資産3,000万円(含み益のある土地・有価証券はない)
- 役員報酬を適正額に引き直した後の営業利益500万円
3つの価格はここまで離れる
年買法で営業利益の3年分を上乗せすると、交渉価格の目安は3,000万円+1,500万円=4,500万円です。原則的評価は、純資産価額方式によるとすれば3,000万円となります。配当還元価額は、無配のため資本金等の額1,000万円の半分、500万円です。
| 価格の種類 | 1株当たり | 200株の合計 | 使われる場面 |
|---|---|---|---|
| 交渉価格(年買法の目安) | 22.5万円 | 4,500万円 | 売買の合意 |
| 原則的評価(純資産価額方式) | 15万円 | 3,000万円 | 同族株主が取得するときの税務上の時価 |
| 配当還元価額 | 2.5万円 | 500万円 | 同族株主以外が取得するときの税務上の時価 |
同じ会社の同じ株式でも、最大で9倍の開きがあります。「配当還元方式なら安く譲れる」という話が出てくるのは、この開きのためです。
誰が買うかで「時価」が入れ替わる
ここで押さえていただきたいのは、税務上の時価は株式そのものではなく、取得する人の立場で決まるという点です。財産評価基本通達188では、株主1人とその同族関係者の議決権の合計が30%以上(50%超のグループがあるときは、そのグループ)である場合に、その株主たちを同族株主と定めています。
代表が70%を持ち続け、親族ではない職員が30%を取得する場合、職員は同族株主以外の株主に当たり、職員にとっての時価は配当還元価額です。一方、職員が全株を取得すれば職員自身が同族株主となり、時価は原則的評価に切り替わります。同じ1株でも、何株目を誰が買うかで物差しが変わるのです。
個人の職員に直接売るときの税務の線引き
時価より著しく低い価格で買うと贈与税の問題になる
個人が個人から時価より著しく低い価格で財産を譲り受けると、時価と対価の差額は贈与により取得したものとみなされます(相続税法第7条)。課税されるのは、買い手である職員の側です。
先の例で、最初に30%(60株)を配当還元価額の1株2.5万円、計150万円で譲るのは、職員にとって時価どおりの取引です。ところが残る70%(140株)を同じ2.5万円で譲ると、取得後に職員は全株を持つ同族株主となり、時価は原則的評価の1株15万円です。対価350万円と時価2,100万円の差額1,750万円が、贈与とみなされる可能性があります。
贈与税はいくらになるか
親族でない職員への贈与には、贈与税の一般税率が適用されます。暦年課税の基礎控除110万円を差し引いた1,640万円に対し、一般税率(1,500万円超3,000万円以下は税率50%・控除額250万円)を当てはめると、1,640万円×50%-250万円=570万円です。後継者は、払った350万円とは別に570万円の贈与税を負担することになります。
善意で安くしたはずの価格が、後継者の資金計画を壊します。段階的に譲る場合でも、議決権の過半を渡す段階では原則的評価を下回らない価格を基本に考えるべきだと、私たち鑑定士は考えます。
売り手の税金は実際の売買価格で計算する
売り手である代表の側は、個人間の譲渡であれば、原則として実際に受け取った対価で譲渡所得を計算します。上の例で残る140株を原則的評価の2,100万円で譲った場合、取得費700万円(140株×5万円)を差し引いた譲渡益1,400万円に、所得税・住民税・復興特別所得税の合計20.315%がかかり、約284万円です。株式譲渡の課税の枠組みは「鑑定会社を売ったら税金はいくらか」で整理しています。
受け皿会社に売るときの税務の線引き
資金のない後継者が使う受け皿会社の仕組み
職員個人が数千万円を用意するのは容易ではありません。そこで、職員が新たに会社(受け皿会社)を設立し、その会社が金融機関から借り入れて鑑定会社の株式を買い取る方法があります。いわゆるMBO(経営陣による買収)・EBO(従業員による買収)の形です。
買収後、受け皿会社は鑑定会社を100%子会社とし、子会社からの配当で借入金を返済します。配当の計算期間を通じて100%を保有している子会社(完全子法人)からの配当は、法人税の計算上、全額が益金不算入とされます(法人税法第23条)。買収直後の最初の配当は保有期間の要件を満たさないことがあるため、返済計画の初年度は注意が必要です。融資制度の選び方は「買収資金は譲渡対価の1.5倍?」をご覧ください。
法人への低額譲渡は「時価で売った」とみなされる
個人が法人に対して時価の2分の1未満の対価で株式を譲渡すると、時価で譲渡したものとみなして譲渡所得が計算されます(所得税法第59条第1項第2号、所得税法施行令第169条)。このときの時価の算定方法を定めたのが所得税基本通達59-6です。
同通達は財産評価基本通達の例によることを認めつつ、次のような条件を付けています。
- 同族株主かどうかは、売り手の譲渡直前の議決権の数で判定する
- 売り手が中心的な同族株主に当たる場合、会社は常に「小会社」として評価する
- 会社が持つ土地や上場有価証券は、譲渡時の時価で計算する
- 純資産価額の計算で、評価差額に対する法人税額等相当額を控除しない
買い手が少数株主でも、売り手が同族株主なら配当還元は使えない
この判定基準をめぐっては、譲渡人と譲受人のどちらで少数株主かを判断するかが争われ、最高裁判所(令和2年3月24日第三小法廷判決)は、譲渡した株主について判断すべき趣旨だと判示しました。これを受けて国税庁は令和2年8月に同通達を改正し、譲渡直前の議決権で判定することを明確にしています。
先の例に当てはめると、全株を持つ代表は譲渡直前に同族株主です。受け皿会社に売る場合の時価は配当還元価額ではなく、小会社としての評価額(ここでは3,000万円)となり、その2分の1の1,500万円未満で売ると、代表は3,000万円で売ったものとみなされます。仮に1,000万円で売れば、譲渡益は(3,000万円-1,000万円)として計算され、税額は約406万円です。手取りの1,000万円に対して重い負担が残るうえ、受け皿会社の側でも時価との差額が受贈益として課税される可能性があります。
鑑定会社の従業員承継を無理なく進める設計
交渉価格を「払える形」に分解する
価格を税務上の下限より下げるのではなく、交渉価格を払える形に分ける方が安全です。例えば4,500万円の交渉価格なら、次のように組み合わせる設計が考えられます。
| 構成要素 | 金額の例 | 支払う者 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 株式の対価 | 3,000万円 | 受け皿会社(借入) | 時価の2分の1以上を確保 |
| 代表への役員退職金 | 1,000万円 | 鑑定会社 | 支給で純資産と株価が下がる |
| 並走期間の顧問報酬 | 年250万円×2年 | 鑑定会社 | 実際の業務に見合う額にする |
役員退職金の支給は会社の純資産を減らすため、株価を下げる効果があります。ただし金額が過大と判断されると損金に算入できないおそれがあり、退任後も実質的に経営に関与していると退職の事実自体が問われます。顧問報酬も、業務の実態に見合う額でなければ対価の一部とみなされかねません。いずれも税理士にご確認ください。
鑑定業者登録と専任の鑑定士を先に固める
株式譲渡であれば法人格が続くため、鑑定業者登録はそのまま維持されます。ただし代表者や役員が変われば登録事項の変更の届出が必要です。また、事務所ごとに専任の不動産鑑定士を置く義務(不動産の鑑定評価に関する法律第35条)は承継後も続きます。後継者が勤務鑑定士でその人が専任を担う場合でも、受け皿会社の代表と鑑定会社の専任を兼ねる働き方が「常勤・専ら」の要件と矛盾しないか、事前に確かめておくことが欠かせません。
親族・社内・第三者のどの類型が向いているかの比較は「子どもが鑑定士でないなら誰に継がせるか」で整理しています。
事業承継税制は「贈与で渡す」場合の選択肢
法人版事業承継税制(特例措置)は、親族以外の後継者にも適用できます。株式を売るのではなく贈与で渡すなら、贈与税の納税猶予を検討する余地があります。ただし特例承継計画の提出期限と、贈与・相続そのものの実行期限は迫っています。詳しくは「事業承継税制の期限はいつまで?」をご覧ください。
鑑定士の視点で見る「価格の根拠」の残し方
税務上の時価は、後から税務調査で問われるものです。どの評価方式を使い、どの前提で計算したのかを、譲渡の時点で書面に残しておくことが後継者を守ります。会社が土地や建物を持つ場合、所得税基本通達59-6では土地を譲渡時の時価で計算するため、路線価ではなく不動産そのものの時価を把握しておく必要が生じます。ここは私たち不動産鑑定士の専門領域です。
まとめ
従業員承継の株価は「いくらにしたいか」ではなく、「誰が、何割を、個人と法人のどちらで買うか」で使える価格が決まります。
要点を振り返ります。
- 株価には交渉価格・原則的評価・配当還元価額の3つがあり、想定ケースでは4,500万円・3,000万円・500万円と最大9倍離れる
- 配当還元価額が税務上の時価になるのは、取得後も同族株主以外にとどまる少数株主の場合に限られる
- 全株を引き継ぐ職員に配当還元価額で譲ると、差額がみなし贈与となり、想定ケースでは贈与税約570万円が生じ得る(相続税法第7条)
- 受け皿会社への譲渡は売り手の譲渡直前の議決権で判定され、時価の2分の1未満なら時価で売ったとみなされる(所得税法第59条、所得税基本通達59-6、最高裁令和2年3月24日判決)
- 価格を下げるより、借入・役員退職金・並走報酬に分けて「払える形」にする方が安全。税額は必ず税理士に確認する
勤務鑑定士への承継を考え始めたオーナー鑑定士の方、そして顧問先から従業員承継の相談を受けた税理士の先生方へ。価格の議論は、税務上の下限と後継者の返済能力の両方を数字で並べてから始めてください。それだけで、承継後に後継者が税負担や借入の返済に追われる事態はかなり避けられます。
職員への承継で株価の目安や会社が持つ不動産の時価を確かめたい方は、秘密厳守の無料相談をご利用ください。「事業承継・後継者不在のご相談」をご覧のうえ、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちら
- #従業員承継
- #株価
- #配当還元方式
- #MBO
- #事業承継
鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する
相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。
関連記事

事業承継税制の期限はいつまで?特例措置は2027年まで、鑑定会社が今から取れる選択肢
事業承継税制の特例措置は、特例承継計画の提出期限が令和8年度改正で2027年9月30日に延長され、まだ使えます。ただし贈与・相続の適用期限は2027年12月31日のまま。鑑定会社が期限内に使う場合の注意点と、期限後に取れる選択肢を鑑定士が整理します。
読了 約9分

鑑定会社を売ったら税金はいくらか?株式譲渡「約20%」と事業譲渡の課税の枠組みを鑑定士が整理する
鑑定会社を売却したときの税金は手法で大きく変わります。個人株主の株式譲渡は譲渡所得として申告分離課税(所得税・住民税合計約20%)、事業譲渡は法人なら法人税、個人事業なら所得区分ごとの課税に加え消費税の対象資産もあります。退職金との組み合わせという一般的な論点も含め、手取りを考える前提となる枠組みを整理します。
読了 約7分

鑑定業者登録はM&Aでどうなる?第22条・第35条・第29条から読む承継手続と「登録の空白」を作らない段取り
不動産鑑定業者の登録はM&Aで引き継げるのか。株式譲渡では法人格が続くため登録は維持され変更届で足りる一方、事業譲渡・合併では買い手側の新規登録または事務所追加と廃業届が必要です。第22条・第35条・第29条を引用しつつ、大臣登録と知事登録の違い、登録の空白期間を作らない段取り、専任鑑定士の配置を整理します。
読了 約8分