売上3,000万円の鑑定事務所に買い手はつくのか?小規模でも評価される3つの理由と、つかない場合の代替策
売上3,000万円の鑑定事務所に買い手はつくのか。「小さいと売れない」の多くは仲介会社の採算の話です。鑑定業者登録と専任鑑定士、決算書に映らない依頼者との関係、買い手が手を出しやすい価格帯という3つの理由と、買い手がつかない場合の部分譲渡・提携・廃業比較・公的支援まで整理します。
「うちは売上3,000万円ほどの小さな事務所です。こんな規模で買い手なんてつきませんよね」。後継者のことを考え始めたオーナー鑑定士の方から、こうした前置きをいただくことがあります。相談の入口に立つ前に、ご自身で答えを出してしまっている。もったいない、と感じます。
この感覚には根拠らしきものもあります。M&A仲介の最低報酬は一般に500万〜2,500万円程度とされ、譲渡価額が数千万円の案件では手数料が価格に対して重くなりすぎる。だから仲介会社は取り合ってくれない、という話は業界の内外でよく聞きます。実際、そうした構造は存在します。
しかし、仲介会社が扱いにくいことと、買い手が存在しないことは別の問題です。この記事では、私たち鑑定士の立場から、売上3,000万円規模の鑑定事務所が買い手からどう見えているのかを整理します。結論を先に申し上げます。小規模な鑑定事務所には規模と無関係の3つの価値があり、いずれも買い手が自前で作れば数年を要するものです。ただし、すべての事務所に必ず買い手がつくとは断言できません。つかなかった場合の代替策まで併せてお示しします。
「小さすぎて売れない」は何を根拠にした思い込みか
手数料の話と、買い手の有無の話を混同しない
「小さいと売れない」という言説の出どころをたどると、多くは手数料の話に行き着きます。譲渡価額2,000万円の案件に最低報酬500万円がかかれば、売り手の手取りは4分の3に減ります。仲介会社の側も、大型案件と同じ工数で報酬が最低額では採算が合いません。だから小規模案件は敬遠される。ここまでは事実です。
ですが、これは仲介会社の採算の話であって、あなたの事務所を欲しい人がいるかどうかの話ではありません。買い手候補は仲介会社の採算とは無関係に存在します。手数料体系が合わないなら、合う体系の支援者を選べばよいだけです。この論点は「最低手数料500万円は小さな鑑定事務所に合うのか」で整理しました。
公的統計は「小規模でも成約している」ことを示している
数字も確認しておきます。独立行政法人中小企業基盤整備機構が2025年5月30日に公表した「令和6年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績」によると、令和6年度の第三者承継(M&A)の成約件数は2,132件で過去最高を更新しました。同センターは国が47都道府県(48か所)に設置した公的窓口で、支援対象は中小企業・小規模事業者です。年間2,000件を超える成約の多くは、大企業のM&Aではなく数名規模の事業者の承継です。
さらに鑑定業界には固有の追い風もあります。国土交通省「不動産鑑定士の担い手確保に向けて〜論点整理」(令和7年3月)によれば、鑑定士の年齢構成は40〜60歳代が74%を占め、30歳代以下はわずか7%です。鑑定業者に所属する鑑定士等は平成23年の5,057名から令和6年の4,496名へ約11%減少し、知事登録業者では約13%の減少でした。有資格者が減る業界では、小さくても稼働している事務所の希少性が上がります。
理由1:鑑定業者登録と専任鑑定士は、買うほうが早い
自前で作れば数年かかる
買い手の立場で考えてみてください。鑑定機能を持ちたい不動産会社や士業法人がゼロから鑑定部門を立ち上げるなら、まず不動産鑑定士を採用しなければなりません。有資格者の絶対数は減少傾向にあり、採用は容易ではありません。しかも不動産鑑定業者は事務所ごとに専任の不動産鑑定士(その事務所に常勤し、専らその業務に従事する鑑定士)を置く必要があります(不動産の鑑定評価に関する法律第35条)。
採用、登録申請、業務の立ち上げ、最初の依頼者の獲得。これらを順に踏むと収益が立つまで数年かかることも珍しくありません。稼働中の事務所を買えば、この工程をまとめて省けます。売上3,000万円という数字の大小ではなく、今日から鑑定評価書を出せる体制があることに価値があるのです。
登録は設計しだいで維持できる
登録の扱いは譲渡の形で変わります。法人の株式譲渡であれば法人格が継続するため、鑑定業者登録もそのまま維持されます。ただし買い手が他の都道府県に本店を置く鑑定業者で、あなたの事務所を加えることで2以上の都道府県に事務所を置くことになる場合は、大臣登録が必要です(第22条)。
個人事務所の場合、個人の鑑定業者登録は個人に帰属するためそのままは移りません。買い手側で新たに登録を受け、売り手側は廃業等の届出を行います(第29条)。順序を誤ると受任できない空白期間が生じます。手順は「個人事務所は売却できるのか」で整理しました。
なお、買い手自身が鑑定士である必要はありません。事務所に専任の鑑定士を置けば登録は可能だからです(第35条)。買い手候補は同業の鑑定会社だけでなく、鑑定機能を内製化したい不動産会社、税理士法人・司法書士法人などの士業法人、独立を考える勤務鑑定士まで広がります。
理由2:依頼者との関係と稼働実績は、決算書に映らない
見えない資産ほど代替が効かない
小規模事務所の価値の中核は、長年かけて築かれた依頼者との関係です。地元の税理士事務所、法律事務所、信用金庫、市町村、地場の不動産会社。こうした関係は一朝一夕にできません。決算書には「売上高3,000万円」としか出ませんが、買い手が見るのは中身です。どの依頼者から、どの目的の依頼が、どの頻度で来ているのか。ここが価格を分けます。
| 引き継がれる資源 | 決算書での見え方 | 買い手が自前で作る場合 |
|---|---|---|
| 鑑定業者登録・専任鑑定士 | ほぼ映らない | 採用と登録で数か月〜数年 |
| 継続依頼者との関係 | 売上高の一行のみ | 数年単位の営業活動 |
| 過去の評価事例・書式 | 資産計上されない | 蓄積に年数を要する |
| 地域の相場観・資料 | 映らない | 経験でしか代替できない |
公的評価は引き継げる範囲を切り分けて示す
地価公示、都道府県地価調査、固定資産税評価、競売評価。こうした公的評価の枠を持つ事務所は買い手から見て魅力的です。ただし公的評価は種類ごとに委嘱や選任の仕組みが異なり、事務所を買えば自動的に付いてくるものではありません。曖昧にしたまま「公的評価があります」と説明すると後の交渉で信頼を損ないます。引き継げるものと引き継げないものを整理して提示するほうが、かえって価格の説得力は高まります。種類別の整理は「地価公示・固定資産税評価・競売評価は引き継げるのか」をご覧ください。
理由3:3,000万円規模は買い手が手を出しやすい価格帯
想定されるケースで価格を試算する
具体的な数字で見てみます。あくまで想定されるケースであり、実際の価格は個別事情で変わります。代表鑑定士1名・職員2名、年商3,000万円の法人で、役員報酬1,500万円を外部から人を雇う場合の適正額1,200万円に引き直すと営業利益は450万円、純資産は1,000万円だとします。年買法(純資産に営業利益の数年分を加えて価値を見積もる考え方)で営業利益の3年分を上乗せすると、1,000万円+450万円×3年=2,350万円が価格の一つの目安になります。考え方の詳細は「鑑定会社はいくらで売れるのか」で扱いました。
なお当社の仲介手数料は完全成功報酬制で、着手金・中間金はいただきません。譲渡価額2,000万円以下は一律150万円、2,000万円超1億円以下は7%、1億円超5億円以下は5%、5億円超は3%(いずれも税別)です。上記2,350万円のケースなら成功報酬は164.5万円、純資産800万円・営業利益300万円で1,700万円の評価となる小さめのケースなら一律150万円(いずれも税別)です。最低報酬500万円との差が、そのまま手取りの差になります。詳細は「手数料」をご覧ください。
小さいほど買い手候補は増えるという逆説
価格が下がれば買い手候補は増えます。数億円なら買い手は資金力のある法人に限られますが、2,000万〜3,000万円なら、独立を考える勤務鑑定士が融資と自己資金で手を出せる範囲に入ります。この視点は「独立するなら開業一択は本当か」で扱いました。「小さいから売れない」ではなく「小さいから買える人が多い」。見方は裏返せます。
つきにくいのは規模ではなく状態
正直に申し上げます。すべての小規模事務所に買い手がつくわけではありません。つきにくいのは、役員報酬を適正額に引き直すと営業利益が出ない、売上の大半が代表個人への指名で引退後まったく関与できない、有資格者が代表1人だけでその代表が即時に退く前提である、簿外の債務や係争を抱えている、といった状態です。
とりわけ買い手が警戒するのが属人性です。ただし対処はできます。引継ぎの並走期間を設ける、主要依頼者への同行訪問を契約に織り込む、対価の一部を業績連動にする。属人性を消す必要はなく、移し方を設計すればよいのです。いずれも規模の問題ではなく、時間をかければ変えられます。
それでも買い手がつかない場合の代替策
一部だけを譲る、提携から始める
全部を売ることだけが出口ではありません。顧客基盤の一部を同業者に引き継ぐ、特定の業務分野だけを譲るといった部分的な譲渡も選択肢です。事業譲渡(会社そのものではなく事業を構成する資産・契約を個別に移す方法)なら、譲渡の対象を当事者間で決められるからです。対価は全部譲渡より下がりますが、廃業して何も残らないよりは価値を回収できます。税務の取扱いは譲渡の形で変わりますので、必ず税理士にご確認ください。
もう一つは、近隣の鑑定会社と外注・受託の関係を作り、案件を回しながら数年かけて信頼を積む方法です。相手には事務所の実態が見え、あなたは引退時期を選べます。ただし依頼者を先に移してしまうと「もう買う必要がない」という結論になりかねません。順序の設計が要ります。
廃業と数字で比較する
買い手が見つからなければ廃業も現実的な選択です。その場合も感覚ではなく数字で比べてください。廃業には届出の手続、職員の退職金、原状回復、書類の保存への対応といった費用がかかる一方、譲渡では対価が入り職員の雇用も継続できる可能性があります。比較の枠組みは「廃業と売却、どちらが得か」にまとめています。
公的窓口と補助金を使う
費用面が障害なら公的な仕組みを使ってください。全国48か所の事業承継・引継ぎ支援センターは相談無料の公的窓口です。また事業承継・M&A補助金(旧・事業承継・引継ぎ補助金)の専門家活用枠は、M&A支援業者への手数料やデューデリジェンス(買い手による調査)の費用を補助対象としています。補助率や上限額は公募回ごとに異なるため、最新の公募要領をご確認ください。支援者を選ぶ際は、中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)が求める手数料の算定基準・料率表・最低報酬・専任条項の有無を、契約前に書面で確認することをお勧めします。
順番を間違えない
まとめ
売上3,000万円の鑑定事務所に買い手がつくかどうかは、規模ではなく状態で決まります。小規模であること自体は買い手候補を狭める要因ではなく、むしろ広げる要因になり得ると断言します。
要点を振り返ります。
- 「小さいと売れない」の多くは仲介会社の採算の話であり、買い手の有無の話ではない。最低報酬500万〜2,500万円という水準が入口を塞いでいる
- 令和6年度の事業承継・引継ぎ支援センターの第三者承継の成約件数は2,132件で過去最高(中小企業基盤整備機構、2025年5月30日公表)
- 鑑定業者登録と専任鑑定士(第35条)は買い手が自前で作ると数年かかる資源であり、稼働中の事務所にはその時間を買う価値がある
- 依頼者との関係・過去の評価事例・地域の相場観は決算書に映らず代替も効かない。公的評価は引き継げる範囲を切り分けて説明する
- つきにくいのは規模ではなく、営業利益が出ない・属人性が高すぎる・簿外リスクがあるといった状態。状態は変えられる
- 合わない場合も、部分譲渡、業務提携からの段階的な承継、廃業との数値比較、公的窓口や補助金の活用という代替策がある
小規模な鑑定事務所を営むオーナー鑑定士の方、そして小さな事務所の出口を相談される税理士・弁護士の先生方へ。「うちは小さすぎる」という判断を推測だけで確定させないでください。営業利益を引き直し、依頼者の内訳を書き出し、外に候補を探す。この3つを踏んだうえでの結論なら、廃業を選ぶにしても納得のいくものになるはずです。
鑑定会社の売却・承継・買収をご検討の方は、秘密厳守の無料相談をご利用ください。当社では買い手側の「買収ニーズ登録」も受け付けており、地域・規模・公的評価の有無といった条件で照合しています。「事業承継・後継者不在のご相談」もあわせてご覧のうえ、ぜひ一度ご相談ください。無料相談はこちら
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執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
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